加齢が与える痛み 北方謙三さんは散歩で転んで、悔しがる

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老いは万人に訪れて

   ここだけの話だが、私、北方さんに似ていると言われることがある。言われるたび「そんなことないよ」と照れつつ、いわば条件反射で苦み走った(つもりの)表情を作る。ところがどうしても、ミカンと間違えてレモンをかじったタヌキのようになる。葉巻やバーボンもたぶん似合わない。ハードボイルドは一日にして成らず、である。

   その点、老いは万人にもれなく訪れる。北方さんの連載は、どこかで読者への問いかけが挿入されるのがお約束だが、今回は「君も、転んだことがあるだろう」だった。

   9歳下の私も、歩くたびに加齢を自覚する。1メートルを跳んで両手をつき、1センチにつまずく話は実感として理解できた。そうした「退化」をいかに受容し、消化するか。そこらに、初老期からを楽しむヒントがありそうだ。

   通常時の歩行速度は、老化の指標とされる。つまり年相応の歩き方があるわけだが、東京都の健康長寿医療センターの調査によると、1992~2002年の間にそれが男女とも11歳も若返ったという。健康を意識し、速めに歩く人が増えているのかもしれない。

   非情の世界を描いたものから内外の歴史小説まで、北方作品に通底するテーマは「男の死に様、すなわち如何に生きるか」だという。

   「どうだ、こんなに歩けるんだぞ」と自負する北方さん、老境へと軟着陸するのか、独りで戦い抜くのか。その作風とともに、散歩スタイルにも注目だ。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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