出版不況の中で
伊集院さんの「いねむり先生」(2011年、集英社刊)は、「麻雀放浪記」などで知られる小説家、色川武大=阿佐田哲也(1929~1989)との交流を描いた自伝的小説。題名は色川が抱えていた難病、ナルコレプシー(居眠り病)による。
当コラムで、電車内の描写を取り上げるのは早3回目となる。それだけ随筆のネタになりやすいということだろう。しかし今回はもめごとも起きなければ、修羅場もない。伊集院さんの軽い筆致で、観たままが書き連ねられるだけである。
若者の活字離れ、正確には紙媒体離れは、新聞・出版業界の構造不況を招いている。紙の本で世に出た伊集院さんが、文庫本を読みふける若者に目をとめたのは自然だ。私も、まれに車内で新聞を読む人を見つけると、それがどんな新聞でも心で礼を言う。
伊集院さんは、その文庫本について「最初の4字がひらがな」「うわ表紙をとったデザインはどこかで見た気が」とマサカを予感させ、大団円にいざなう。鮮やかなものだ。
感心したことがもう一つ。当代きっての人気作家が、ゴルフに行くのにポルシェでもハイヤーでもなく、鉄路を使うことがあるという事実である。
冨永 格