リンカーンは「最悪」の大統領候補者だった?
こうした議論から読者は、なにが正しく有権者の意見を集約したものであるかは制度によって異なりうることを理解するだろう。そして、その制度設計の失敗が大きな災いをもたらしうることに思いを致すだろう。本書は、我が国の小選挙区を前提とする限り、改憲のハードルが存外低いことに警鐘を鳴らしている。
ここで評者は、我が国のさる学識の高いことで知られた大学教授が、先の米国大統領選について指摘していたことを思い出した。教授によると、共和党の予備選でトランプが選ばれたのは、相対多数決ルール(plurality rule:他のどの候補者よりも多くの票を得た候補者が勝つ)によるものであるという。たしかに、トランプは多くの有権者にとって、クルーズ、ケーシックに比べて最悪の候補であった。そして、同様の経緯を辿って大統領に選ばれたのが、歴史上もっとも尊敬に値する大統領として名の挙がるリンカーンであったという。共和党のリンカーン候補は、南部を地盤とする民主党の分裂による、みつどもえ(あるいはよつどもえ)の選挙戦を制して大統領になったのであり、実は当時の多くの有権者にとって彼は最悪の候補者であった。なるほど、リンカーンは奴隷解放の英雄であり、政治的権利をはく奪された黒人奴隷の声なき声の存在を看過することはできないが、それでも、リンカーンが南北戦争という莫大な人命の損失を帰結した戦争の当事者でもあったことも揺るぎのない歴史的事実である。
制度には一長一短があり、あらゆる場合に優れた制度が存在するわけではない。そして、一旦制度が出してしまった答えは甘受するほかないのではないか。それはたしかにその通りではあろう。けれども、同時に我々は制度のもたらす正しさの相対性にもっと自覚的であってもよいと思うのである。
経済官庁(課長級) Repugnant Conclusion