作品中もっとも演奏しやすく、人気が高い
その一方、作曲もあきらめてはいませんでした。指揮者という忙しい仕事のため、時間はなかなか取れず――時には作曲に没頭しすぎて歌劇場から怒られたこともあります――その後は「休暇の時に、別荘地にこもって集中的に作曲を仕上げる」というパターンが定着してくるのですが、とにかく作曲は、いわば時間が空けば行う「余技」でした。しかし、自作を、特に交響曲などの大規模な編成の曲を、演奏家を雇って演奏するためにはお金がかかり、そのためにも本業の「指揮者」でなお一層活躍しなければならなかったので、ますます時間がない・・・というジレンマにも悩まされました。
マーラーの第1番交響曲は、当初交響詩として企画され、ジャン・パウルの小説の題名から「巨人」というタイトルを拝借していました。読書が何よりも好きで、文学や哲学に造詣が深かったマーラーは、言葉が必要に思えたのかもしれません。しかし、最終的には現在「花の章」と呼ばれている旧第2楽章を削除して、全5楽章の「交響曲」として完成させることになるのです。最初は各楽章に「春」とか「花」とか「難破」などの表題がついていたのですが、3回目の公演からそれものぞいてしまい、純粋な、いわば伝統的な器楽曲となったのです。自作の歌曲「さすらう若人の歌」などからもメロディを拝借しているので、言葉のある歌曲的要素もありますが(この後、偶数番号を持つマーラーの交響曲は、実際に声楽を取り入れます)、結局「言葉で多くは語らせない」ことにしたマーラーの方針が成功して、この曲はマーラーの作品の中ではもっとも演奏しやすく、したがって、人気の高い曲となっています。
また、この時期のマーラーは、指揮者として、まだ歌劇場のトップに座ることができず、常に上の立場にある指揮者などを疎ましく思っていたこともありました。自らの音楽的才能に自信を持っている・・どころか、その才能のほとばしりで、指揮という仕事をこなしているマーラーにとって、作曲する、という行為は、それらの憤懣をぶつける場でもありました。
幼少期から、「死」について考えることが多く、どこか暗い影が付きまとうマーラーの作品ですが、交響曲第1番「巨人」は、あまりネガティブさを感じさせず、まだ意気軒高だったころの才気のほとばしりも感じられます。それも、この曲が「人気曲」となっている原因の一つかもしれません。マーラーの交響曲入門としても、第2番「復活」とならんで、第1番はおすすめです。
本田聖嗣