練習曲を登山に見立てたクレメンティ 大げさな題名を皮肉ったドビュッシー

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練習曲というジャンルが定着していなかった時代

   その彼が残した、ピアノ練習曲集、「グラドゥス・アド・パルナッスム」は、当時はまだピアノのための練習曲が少なかったこともあり、(なにしろ、「チェルニー30番練習曲」がまだ登場していなかったのですから!)、人々に大変重宝されました。

   現在では、ピアノを始めた人が比較的初期に練習する「クレメンティのソナチネ」のほうがはるかに有名なのですが、ピアノ練習曲勃興期にあって、重要な役割を果たしたといえるのです。

   ちなみに、この一風変わった題名ですが、ギリシャのパルナッソス山に登る、という意味で、ギリシャ中部に存在するこの山は、神話の世界でミューズが住むといわれ、音楽・文学などの芸術を極めることを、パルナッソス山に登る、と表現したことにちなんでいます。フランスのパリ市の左岸、南に位置する小高い丘が、「モンパルナス」と名付けられていますが、フランス語でモンは山、パルナスはパルナッソスの仏語読みで、この山から名付けられたものです。モンパルナス界隈には、20世紀の初め、哲学者や芸術家がたむろしたカフェがたくさん存在しています。

   練習曲の揺籃期に作られたクレメンティの曲集は、営業政策もあり、グラドゥス・アド・パルナッスムという大げさな題名がつけられましたが、この時代の練習曲集は、みな似たような題名を持っていました。まだ、練習曲というジャンルが定着していたとは言い難かったので、言葉による説明も必要でしたし、ある程度大げさな題名も、消費者に手に取ってもらうためには必要だったといえるでしょう。ピアノという楽器が当たり前になり、その演奏を学ぶために「練習曲」が必要という常識ができてくると、過剰なタイトルは影を潜めます。

本田聖嗣プロフィール

私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミエ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。
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