タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
「マルシャ・ショーラ」という聞きなれない言葉を耳にしたのはBEGINのメンバーの口からだった。
「マルシャ」というのは、ブラジルを象徴するサンバが誕生する前からあるダンスのリズムでポルトガル語で「マーチ」を意味している。サンバの母体と言えばいいのかもしれない。1908年に初めて日本からの移民が目にしたカーニバルのリズムがマルシャだったのだそうだ。
BEGINは2013年に二度目のブラジル公演を行った際に現地在住の外交官からそのリズムを教えられ、故郷、八重山の「~しましよう」という方言の「ショーラ」を加えて「マルシャ・ショーラ」という言葉を考案した。「マルシャをしましょう」という造語である。日本とブラジルの外交関係樹立120周年の2015年に発売したアルバムが「ビギンのマルシャ ショーラ」。ブラジルでのツアーも成功させている。
エネルギッシュで解放的な空間
ノンストップで繰り出されるサンバに似た二拍子で繰り出されるリズムは、彼らのコンサートの一つの呼び物にもなった。去年はアルバム「ビギンのマルシャ ショーラ2」も発売、「上を向いて歩こう」や「勝手にシンドバッド」など50年代から80年代のJ-POPのスタンダード20曲が陽気なダンスミュージックに生まれ変わっていた。
3月22日、ツアー最終日のNHKホールは、それまでに同所で見たどんなコンサートとも違うエネルギッシュで解放的な空間と化していた。
BEGINは、比嘉栄昇(V)、島袋優(G)、上地等(KEY)の3人組。全員石垣島出身。90年3月21日にシングル「恋しくて」でデビューした。テレビのバンド・オーディション番組「イカ天」のグランドチャンピオンも追い風になって大ヒットしたものの、その後は試行錯誤が続いた。ロス録音だったデビューアルバムのタイトル「音楽旅団」はまさに彼らの生き方のようだった。
今でこそ彼らの代名詞となっている「島唄」を歌うようになるのは2000年代になってからだ。最初の島唄アルバム「ビギンの島唄~オモトタケオ~」は2000年7月発売。比嘉栄昇は「島唄にはその道の立派な方がたくさんいらっしゃって自分たちがやっていいのかと思っていた」と話していたことがある。2002年の「島人ぬ宝」は、石垣島の中学生たちの書いた作文「島への思い」がもとになって生まれたものだった。それはなぜ島唄を歌うのか、という自らの存在証明のようでもあった。
「島唄」に象徴されるようにBEGINの活動は2000年代に入って明らかに質を変えている。東京を経由しない音楽の道づくりとでも言えばいいかもしれない。メジャーな土俵で活動しながらも商業的な成功という制約や幻想に捕らわれない。2001年から始めた「うたの日コンサート」もその一つだ。6月23日の沖縄戦終結の日を定めた「慰霊の日」のある週末に行われるイベント。歌い踊ることが「不謹慎」と禁じられていた時代にも沖縄の人たちは山の中や防空壕の中で歌いあい踊りあいお互いを勇気づけていた。歌があったから生きて来ることが出来た。そのことに感謝しようという日。今年も6月24日に嘉手納町兼久(かねく)海浜公園で行われる。
彼らのコンサートの特徴は「送り手と聴き手」に垣根が感じられないことだ。「客席とステージ」でもいい。「プロとアマ」でもいいかもしれない。誰もが同じように楽しめる空間。「うたの日」にはプロのアーティストと一緒に地元の子供たちや琉球舞踊を踊る若者も登場する。生活や暮らしの中に根付いた音楽の楽しみ方。それは名だたるバンドやアーティストの顔ぶれを競い合う一般的な野外イベントとは明らかに違う。
東京至上主義からは出てこない
自分たちが伝えるべき音楽の流れ――。
2011年から続いているブラジルとの交流もそんな一つだろう。沖縄は移民の多さでも知られている。明治から昭和にかけての移民数は一位が広島で二位が沖縄、そのうち75%が中南米なのだそうだ。BEGINには「金網移民」という歌もある。戦前にペルーやブラジルに移民をした一家の墓が基地の金網の中にあるためには墓参が出来ない。基地の中は移民先よりも遠い、という歌だ。
彼らが「うたの日」に会場で行っている「ぶたの恩返し」は、戦後、食料不足に苦しんでいた沖縄がハワイ移民の送ってくれた豚550頭に救われたことに感謝して豚と同数の楽器を送ろうという募金だ。沖縄・ハワイ・ブラジルというストーリーは東京至上主義からはまず出てこないだろう。
3月22日のNHKホールは、去年、デビュー25周年を終えた彼らの次への一歩となるツアーの最終日。一部では「恋しくて」や「三線の花」などの代表曲とともに最近のライブでは歌われることのなかった90年代の曲達も披露。「島唄」とは違うブルージーな曲調は、彼らの音楽のもう一つのルーツとメロディメーカーとしての面を再認識させ、二部が「マルシャコーナー」だった。延々25分に及ぶメドレーが二回。客席から希望者を募った「マルシャリーダー」達が小旗を振って通路を踊り歩き満員の客席は演奏に合わせて足踏みをする。その数何と7000歩。1000歩ごとにボードで知らせてくれるという念の入りようだった。
音楽に垣根はない。
ステージと客席、プロとアマ、東京と沖縄、ポップスと島唄――。
彼らのコンサートは、その垣根を取り払った素朴な祭りの場だ。
去年の「うたの日」のフィナーレは、海風が吹き抜ける会場総立ちで踊る「マルシャ・ショーラ」だった。
今年はどんな光景が繰り広げられるのだろうか。
(タケ)