東京至上主義からは出てこない
自分たちが伝えるべき音楽の流れ――。
2011年から続いているブラジルとの交流もそんな一つだろう。沖縄は移民の多さでも知られている。明治から昭和にかけての移民数は一位が広島で二位が沖縄、そのうち75%が中南米なのだそうだ。BEGINには「金網移民」という歌もある。戦前にペルーやブラジルに移民をした一家の墓が基地の金網の中にあるためには墓参が出来ない。基地の中は移民先よりも遠い、という歌だ。
彼らが「うたの日」に会場で行っている「ぶたの恩返し」は、戦後、食料不足に苦しんでいた沖縄がハワイ移民の送ってくれた豚550頭に救われたことに感謝して豚と同数の楽器を送ろうという募金だ。沖縄・ハワイ・ブラジルというストーリーは東京至上主義からはまず出てこないだろう。
3月22日のNHKホールは、去年、デビュー25周年を終えた彼らの次への一歩となるツアーの最終日。一部では「恋しくて」や「三線の花」などの代表曲とともに最近のライブでは歌われることのなかった90年代の曲達も披露。「島唄」とは違うブルージーな曲調は、彼らの音楽のもう一つのルーツとメロディメーカーとしての面を再認識させ、二部が「マルシャコーナー」だった。延々25分に及ぶメドレーが二回。客席から希望者を募った「マルシャリーダー」達が小旗を振って通路を踊り歩き満員の客席は演奏に合わせて足踏みをする。その数何と7000歩。1000歩ごとにボードで知らせてくれるという念の入りようだった。
音楽に垣根はない。
ステージと客席、プロとアマ、東京と沖縄、ポップスと島唄――。
彼らのコンサートは、その垣根を取り払った素朴な祭りの場だ。
去年の「うたの日」のフィナーレは、海風が吹き抜ける会場総立ちで踊る「マルシャ・ショーラ」だった。
今年はどんな光景が繰り広げられるのだろうか。
(タケ)