現代日本でもピアノ教育の現場で使われている
「チェルニー30番練習曲」の原題はフランス語で、「エチュード・ド・メカニスム」、翻訳すれば、「(演奏)技術の練習曲」となります。ざっくり意訳翻訳すると、「ベートーヴェンの作品などの芸術的ピアノ曲を弾きこなすために、ぜひとも身に着けておきたい基礎的ピアノ技術を習得するための、反復練習のための曲集」といったところでしょうか。意図的に、音楽的・芸術的要素をそぎ落として、指や腕や肩の練習に集中できるように特化した曲、といえます。そのために、時々「無味乾燥な練習曲」というようないわれのない批判を受けることもありますが、この曲集は、最晩年のチェルニーが、今までのノウハウのすべてをつぎ込んで、「あえて」シンプルな形式を選び、段階的・そして体系的にピアノ演奏技術が身に着きやすいように編纂した、熟練の練習曲集と言えるでしょう。その有用性が広く認められたからこそ、現代日本でも、この練習曲集はピアノ教育の現場で使われているのです。
生まれ年から言うと、ウェーバーやシューベルトといった、古典派からロマン派への橋渡しをした作曲家たちと同世代のチェルニーですが、チェルニーが「30番練習曲」を完成した1850年代は、すでにショパンが49年に亡くなり、シューマンも56年にはこの世を去り、ワーグナーは大作「ニーベルングの指輪」の連作オペラを発表しつつある・・・既にロマン派真っただ中、の時代でした。そこに、登場した「古典派的形式を持つ練習曲」は、最初からクラシックな香り・・・を持っていたはずですが、そのあたりも、一生ウィーンから動くことのなかったチェルニーの特質を表しているといえるのかもしれません。
本田聖嗣