還暦で原チャリ免許 野原広子さんに見えてきた別の世界

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減りゆく原付

   たぶん多くの同世代と同じように、私の免許歴は40年余。毎日のように道楽で運転している身に、「世の中が違って見える」という野原さんの感覚は新鮮だった。

   免許を持たない人やペーパードライバーにすれば、徒歩でも自転車でも、交通ルールといえば信号の3色なのだろう。あとはクルマに注意するくらいか。

   逆に、運転席から道路標識や車線規制ばかり見て過ごせば、この社会がいかに「約束ごと」で満ちているかを実感する。それだけではない。「この交差点には右折車線を設けるべきだ」とか「ここは一時停止でしょう」とか、約束ごとを増やして路上の秩序を保つ思考になる。私は権威主義とは真逆の立場ながら、人間、ハンドルを握るとあれこれ変わるのだ。

   わが世代は原付(げんつき)と呼んできたが、原チャリ、ミニバイクといった呼称も広まった。排気量50cc以下のバイクは日本独自の規格で、16歳以上で適性検査と学科試験を通れば1日で免許をもらえる。手軽な乗り物である。

   ところが日本自動車工業会によると、国内販売は1980年の198万台から16万台(2016年)に落ち込んだ。排ガス規制をクリアするための技術開発コストがメーカーに嫌われているらしい。もはや風前の灯火である。

   公道で見かける原チャリそのものが少なくなる中、還暦で若葉マークという野原さんの存在はあらゆる点で珍しいだろう。違って見える世の中を、あらためて誌上で伝えてほしいものだ。「還暦ライダー」の健筆と安全運転を祈りたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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