「スラヴの魂」を込めた曲
その同じ年、つまり、祖国チェコを離れる年に完成したのが、ピアノ三重奏曲 第4番「ドゥムキー」でした。それまでに書いたピアノ三重奏曲がいずれも伝統的な4楽章スタイル、つまり「ドイツ的形式」を持っていたのに対し、「ドゥムキー」は何と全6楽章、そして、いずれも印象的な旋律がヴァイオリンにも、チェロにも、ピアノにもそれぞれ登場し、全体として「ボヘミアの哀愁」を感じさせる、大変魅力的な室内楽作品になっています。ピアノ奏者の私の観点から見ても、この曲は他のピアノ三重奏に比べて圧倒的に3人が平等かつ複雑に役割分担をしており、よく他の曲に見られる「弦楽器 対 ピアノ」的構図を安易に採用していないのです。
タイトルの「ドゥムキー」は「ドゥムカ」の複数形で、「ドゥムカ」とは、ウクライナ起源の吟遊詩人が歌う叙事詩、または多くのスラヴ語で「思い」や「瞑想」といった意味の言葉であるとも言われています。ドヴォルザークは、「ドゥムキー」作曲の3年前、プラハを訪れたロシアの作曲家、チャイコフスキーの知遇を得、その招きに応じて1890年、前年にはモスクワとサンクトペテルブルクを訪れています。おそらく、そこで、ロシアやウクライナの文化に触れ、「スラヴとは何か」と考えたものと思われます。(ちなみにチャイコフスキーも「ドゥムカ」という名を持つピアノ曲を作曲しています。)。
円熟期のドヴォルザークが、ついに祖国を離れて一時的にせよ、新大陸に渡ることを決断した時に書いた「スラヴの魂」を込めた曲、それは、「スラヴ」を売りにしようという営業政策的打算ではなく、新大陸に旅立つ前に、真に彼が祖国とスラヴ文化を考えた時に誕生した旋律・・・「ドゥムキー」を聴くとそんな想いがわいてきます。
ちなみに、彼が新大陸で作曲した代表的交響曲のサブタイトルも「新世界『より』」であり、これは後半を補うと、「新世界『より』祖国へ」なのです。チェコに生まれ、チェコと鉄道をこよなく愛したドヴォルザークの「ドゥムキー」も、ぜひ聴いてみてください。
本田聖嗣