週刊プレイボーイ(3月12日号)の「劇場漫才師の流儀」で、オール巨人さんが仮想通貨について語っている。相場の乱高下、交換業者からの「不正流出」など、話題の仮想通貨。若手芸人の間でも広まり、つぎ込んだ資金が消えたり、含み益を大きく減らしたりした人がいることは私も聞いていた。
「きっと本当にわかってる人は、ブームになる前に買っているんでしょう。藤崎マーケットのトキくんも大損したとか。サバンナの八木くんも最近買ったそうですが、彼なんかはきっと、訳わからんで買ってるでしょう(笑)。そういう人が買い始めると、もう危ない感じがしますが」
巨人さんはそんな振りから、芸人が投資やサイドビジネスで痛い目に遭った話に進む。そして「僕なんてもっと損したことありますよ」と。
紳ちゃん(島田紳助さん)に勧められ、いずれ住みたいなと買った田舎の土地で3600万円の損失が出たこと。芸人になる前に小豆相場に手を出し、出資金が1週間でなくなったこと。マンションの部屋の賃貸、スナック経営も手がけたが、それらはビジネスというより人助けに近いかも、等々である。
プロなら本業で稼げ
「そうして、損したりしながらも今、こうして生活できてるわけですから...」と続けた巨人師匠、いよいよコラムの本題である。
「漫才師を名乗る以上は、少なくとも全収入の半分以上は劇場や営業、テレビでの漫才で稼がないかんと思ってます」
仮想通貨のような小遣い稼ぎはもちろん、トーク術を生かした「副業」、つまりテレビのゲスト出演やロケなどのギャラも本業には含めない...これが師匠がこだわるルールだという。漫才やコントを長く離れ、もっぱらバラエティーとCMで稼ぐ昨今の人気芸人たちは軒並み「失格」かもしれない。
「漫才以外の仕事で稼げるようになってしまったら、そら『仮想漫才師』ですわ(笑)」とオチも鮮やか。拍手の中をステージから消えていくイメージである。
大御所の存在価値
オール阪神・巨人の結成から43年になる。しゃべくり漫才の本流にして、お笑い界の大御所だ。御年66歳の巨人さん。週プレのこの連載では、審査員を務める「M-1」についての事後解説や有望新人の紹介など、率直な筆致が目立つ。業界関係者なら必読だろう。
すでに30回を数える師匠のコラムに、私は漫才師としてのプライドと、所属する吉本興業にとどまらない後輩たちへの愛を感じている。お借りした回は、余計なリスクを抱えることで本業を疎かにするなかれという、強く、真っ当なメッセージである。
各界の一線で長く活躍する人たちには、その人にしか言えないことを、時宜を得て発信する役割が求められている。これぞ大御所の存在価値だ。
仮想通貨の将来性はさておき、投機対象となった現状は危うい。小豆と同じ相場商品である。一攫千金でもうけても、あぶく銭は本職の緊張感を殺いでしまうだろう。
「要するに男を駄目にするのは、僻地であれ都会であれ、イージーな生活とイージーな金ですよ」
開高健(1930-1989年)が、対談でそんな言葉を残している。相手は植村直己(1941-1984年)である。イージーなカネと暮らしは、もちろん女もダメにする。
内外にイージーなカネがあふれ、バブル再来とまで言われる昨今、巨人さんの本業へのこだわりは時代への鋭いツッコミとなっている。
冨永 格