プロデューサーの圧力を避けパリへ
しかし、プロデューサーたちからの作曲依頼が引きも切らないイタリアではそれはかないません。なので、彼は、フランス・パリの歌劇場の依頼を受けることにします。題材は、スイス独立の英雄とされる「ギヨーム・テル」。日本では英語で「ウィリアム・テル」と呼ばれるのが通例ですが、オリジナルはフランス語台本なので、初演の時は「ギヨーム・テル」でした。
30代後半の脂の乗り切ったロッシーニが作曲したオペラは、もちろん大成功をおさめ、同時代の作曲家たちも、この作品を意識せざるを得なかった、といいます。現在は上記のような時間的・キャスティング的理由で、オリジナル版が演奏されることは少なくなっていますが、序曲は有名ですし、短縮版でオペラが上演されることもあります。ロッシーニが自ら決めた「引退作品」は、彼の代表作の一つとなったのです。
オーストリアの圧政に苦しむスイスで、弓の名手ウィリアム・テルが祖国を鼓舞し活躍する話のこのオペラですが、イタリアのプロデューサーの圧力のもと活躍していたロッシーニが、フランスへ逃げて、引退して、少し自由に生きたい・・彼は、そんな願望を込めて作曲していたのかもしれません。
胸が躍るような、軽快なスイス騎兵隊の行進曲が序曲の最後に出てきますが、「ウィリアム・テル」は今日も世界の人々に勇気を与えてくれます。
本田聖嗣