あこがれに満ちた音世界を作り出すことに成功
しかし、ピアノから決して離れることのなかったスクリャービンは、同窓生ラフマニノフほど管弦楽作品を多く残すことはなく、やはりほとんどの作品が、ピアノ独奏曲で占められていました。
「ピアノソナタ第2番 嬰ト短調 Op.19」は、彼が20歳だった、1892年ごろ着手され1897年に出版されています。
ピアニストとして、おそらく、それ以前の古今東西の名曲は弾いていたであろうスクリャービンは、19世紀のロマン派の時代のロマンチックな作風からスタートします。しかし、決してショパンなどの模倣ではなく、初期作品からすでに彼独特の個性、すなわち、何か至高の存在にあこがれる情熱、精神的高みを目指す修業的な精神、といったものが聴き取れます。
後年の彼は、新興宗教的な新しい思想にハマる・・という行動を起こしますが、この曲を聴くと、若いころから、何か新しい世界を求めてやまない思想を持っていたことが、うかがえます。その点、20世紀になっても、伝統的なロマンチシズムを濃厚に湛えた作風で、「遅れてきたロマン派」と言われたラフマニノフとは、対照的です。
世紀末の社会不安や、もともとロシアの気候が持つ寒くて辛く長い冬、こういった環境の中でピアノを弾くことに喜びを見出していたスクリャービンは、高度な技巧を必要とするものの、それまでになかった、新しく、あこがれに満ちた音世界を作り出すことに成功したのです。
ゆったりした第1楽章と急かされるような第2楽章――。すべて演奏しても10分強で終わってしまう、構造もそれまでのピアノソナタと比べれば斬新な「ピアノソナタ 第2番」ですが、冒頭から流れる、一種官能的なメロディーとハーモニーは、大変魅力的で、聴くものを即座に「スクリャービン・ワールド」にいざないます。
現在は「幻想ソナタ」の愛称でも呼ばれ、広く親しまれています。
「冬来たりなば、春遠からじ」、そんな季節に、ぜひ聴きたい、春へのあこがれをも感じさせてくれる美しい曲です。
本田聖嗣