クリーム・スキミングできる啓蒙書
著者・湯浅邦弘氏は、大阪大学文学部に奉職する中国哲学の大家である。そのためか、ビジネス書にありがちな、古典を卑近な具体例に安直に当てはめるようなことがない。これが心地よい。
報道にあって、記者の主観が混じると途端に記事が陳腐に映るのと同様、古典の解説も主観が加えられると「論語読みの論語知らず」に陥るように感じるのは、評者だけではあるまい。
本書は、先の例の如く、中国史上の時代背景や思想の系譜、さらには我が国の文物・歴史さえも動員して、そこから引き出される類似の概念を縦横に紹介する。冒頭述べたとおり、原典が儒・道・仏の思想を継受した書であればこそ、そうした解説が相応しいのかも知れない。このように幅広い古典と故事を鳥瞰できる点で、本書は、学究の知的蓄積の成果をクリーム・スキミングできる啓蒙書と言っても良いかも知れない。
忙中閑ありとて、中国古典に遊ぶつもりで読み進めたが、前漢の『説苑』に「国大なりと雖も、戦いを好めば必ず亡び、天下安しと雖も、戦いを忘るれば必ず危し」とある、などと紹介されると、どうしても浪高き北東アジア情勢を連想してしまう。
修練不足の凡俗の身では、現実逃避は難しいようである。
酔漢(経済官庁・Ⅰ種)