ヒトラーのように宣伝道具にするようなことは...
嘉納治五郎は、スポーツ精神が日本、そしてアジアに広がるよう、軍部を説得してでも大会を成功させたいと思っていた。副島道正は、ヒトラーがオリンピックを宣伝の道具にするのを見て、東京大会が二の舞になることを心配していた。
政治は、時としてオリンピックに影響を与え、後のモスクワ大会のように介入することさえある。世界の多くのIOC委員が悩み、行動していた。そのひとりが、アメリカのIOC委員アベリー・ブランデージ。嘉納治五郎と親しく、日中戦争勃発後の各国のボイコット運動を牽制した人物であり、1964年東京オリンピック時のIOC第五代会長である。
ブランデージ会長は「七つの海を結びつけ、オリンピック大会が全世界のものである証左として、東洋で行われるこの大会を、平和を愛好する若人の喜びの祭典として、皆さまに捧げる。」と開会式で演説した。氏は、副島、嘉納の二人を懐旧しメッセージを読み上げたのではないか。
副島は、日本の面目をまもるとともに、クーベルタン男爵の応援を得て開催が決まった経緯を重んじ、将来のためにオリンピック精神を守ろうとしたのではないか。そのことが多くのIOC委員の心に刻まれ、64年の東京オリンピックを招致するうえで、大きな財産となっていたのではないか。
2020年の東京オリンピックに向けて、80年前のいきさつを知っておくための良書である。
経済官庁 ドラえもんの妻