「なぜ私がこの曲を歌うの」
由紀さおりは、「人生が二度あれば」を歌う時に、「なぜ私がこの曲を歌うの」と言ったのだそうだ。それまでのレパートリーと違うという認識は彼女が誰よりも強かったのだろう。アルバムの中には、そこまでではないにしろ、彼女のイメージにはなかった曲が並んでいる。
例えば松山千春の「季節の中で」もそうだろう。ハイトーンの直線的な歌は、柔らかさが魅力だった彼女とは対極な作風ということになる。松任谷由実が荒井由実時代にバンバンに提供した「いちご白書をもう一度」もそうだ。学生運動はもちろんのこと、大学生が長髪だった75年、彼女は同世代でありつつすでにレコード大賞の歌唱賞などを総なめにする大スターだった。シンガーソングライターの多くがそういう青春を過ごしてきている。
彼女は、その頃の記憶をたどり、かみしめるように淡々と歌っている。それは歌を通して自分では経験しなかったあの時代と対話しているようにも聞こえる。
「最近の彼女の口癖は『私、攻めてるの』なんですよ」とレコード会社のスタッフは言った。自分では選ばない曲を歌うことで新しい何かをつかんだ。それがどういうものであるかは「人生が二度あれば」が象徴している。
この歌をこんな風に歌える人がいるだろうか。そう思わせるのが「歌うたいの証明」だとしたら、このアルバムはまさにそんな一枚になったと思う。彼女の「今の若い人の音楽は言葉がおろそかになってないかしら」という言葉は、アルバムを聞く事で納得できるはずだ。
今年デビュー48周年、それ以前の童謡歌手時代を入れれば約60年。生涯「歌うたい」の新しい試みは、まだ続きそうだ。
(タケ)