人口減少による「孤立と縮小」への処方箋

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   「人口減少と社会保障 孤立と縮小を乗り越える」(山崎史郎著、中央公論新社)

   評者は、先日、福島県のとある村を訪問した。人口は1300人、毎年数十人単位で減っている。高齢化率は50%を超え、60歳代では若造と言われる。特別養護老人ホームを増床したが、介護スタッフの確保ができず、稼働できないでいる。今後、更に高齢者自体が減る見通しの中で、この特養をどうしたらよいかなど、村の福祉の行く末について、様々な相談を受けた。

   20年以上前になるが、評者は、介護保険を創設する仕事に携わった。その頃、全国のあらゆる地域で、特養の整備を進めていた。いくら造っても足りないと言われた。それが今、介護者がいないから稼働できない、さらには、入所する介護者がいないという驚きの事態が出現している。

   いずれも、少子高齢化が進んだ結果、生じた「人口減少」がもたらしたものだ。

   本書は、厚生労働省で、介護保険の創設・運営に関わり、省の内外で「ミスター介護保険」と呼ばれた著者が、38年間の公務員人生を振り返り、「人口減少」が社会保障、ひいては日本社会に及ぼすインパクト、そして、それに対処するための処方箋について、各地の取組事例などを交えながら、述べたものだ。

   急激で、しかも日本社会のあらゆる場面に大きな影響を与える「人口減少」という社会事象に対して、既存の制度にとらわれることなく、また、雇用、住まい、地域政策など、旧来の社会保障の枠を超えた視点からの指摘は、極めて説得力がある。眼前の課題に追われ、視野狭窄に陥りがちな後輩達へのメッセージと受け止めた。

人口減少に適応するために――「縦割り・横並び」からの脱却――

   人口減少は、「人手不足」を引き起こす。前述の村の特養では、介護スタッフ不足のため一部施設が稼働できない事態が生じていたが、都市部でも、同様の状況にある施設が相当数見られる。都市部での介護人材不足は、当面、処遇改善を図ることにより、対応できるかもしれないが、現役世代が減少した地方では、容易に解決できる問題でもない。都市部であっても、今後、高齢化が急速に進み、要介護者が急増する状況にあっては、次第に危うい事態が招来することは否定できないだろう。

   著者は、こうした人口が縮む中において、社会保障は、「効率化」と「多様化」の視点に立って改革されなければならないとする。具体的に、「人材」、「住まい」、「地域組織」の3つの社会資源について、こうした視点からの見直しが必要だと指摘する。

   「人手」については、(1)ICTを活用した業務の簡素化、効率化を進め、ロボットも活用する⇒イノベーション、(2)高齢者介護、障害福祉、保育などのサービス拠点の一体化(共生型施設)⇒サービス融合、(3)専門資格の相互乗り入れ(マルチタスク化)⇒人材多様化など、サービス改革を進める。

   「住まい」については、高齢者ケアや低所得者のセーフティネット保障の観点から、住宅行政と社会保障行政の連携を強化するとともに、全国で820万戸にも及ぶ空き家の活用などによる「コンパクトシティ」の実現を図る。

   「地域組織」については、市町村内のより身近な地域の「つながり」をつくる組織として、「地域運営組織(地域課題を共有し、解決策を協議するとともに、各種事業を実行する組織)」が期待できるとし、こうした地域運営組織などが、地域密着型の多様な事業を展開できるよう、包括的な交付金を導入することを提案している。

   これらの指摘は、いずれも、「縦割り・横並び」からの脱却を意味するものであり、「人口」も「社会ニーズ」も増加することを前提に作られてきた、これまでの社会保障の在り様を大きく転換するものだ。

「社会的孤立」という新たなリスクへの対応――「共生支援」――

   本書では、「家族」と「雇用システム」の変化から説き起こし、その行き着く先が「人口減少」であったと論じているが、同時に、「家族」と「雇用システム」の変化は、深刻な「社会的孤立」を招いたと指摘している。

   そして、これまで、病気、老齢、介護、失業などといった個別のリスクに応じて制度化されてきた日本の社会保障は、こうした社会的孤立という新たなリスクに対応できていない、とする。

「これまでは、それぞれのリスクは別々に発生し、個々のリスクさえカバーすれば、人には帰る家庭があり、戻る職場があり、支える周囲の人々があり、そして、その『つながり』の中でふたたび力を取り戻し、社会や家庭で活動していくことができる、という暗黙の前提があった」
「しかし、周囲に心身の支えとなるような家族も同僚も友人も少なく、日常の生活が孤立している場合は、いくら支援サービスを提供しても、ひとりだけでは窮状を脱することが難しく、また、一旦改善してもふたたび同じような状態に戻ってしまうおそれが強い。さらに、複数のリスクを同時に抱える個人や家庭も多くなっている」

   こうした認識に立って、今後は、個別リスクの保障だけでなく、人のつながりそのものを強めていくことが主要課題になると指摘する。「人々が自分以外の人と共に生きていく」ことそのものを支援するというのだ。

   これを著者は、「共生支援」と呼び、次の3つの取組みを提唱している。

(1)孤立した人々をできる限り社会集団の中に「取り込む」(非正規労働者の正規化、社会保険への適用拡大など)
(2)包括的・伴走型の支援によって、孤立した人々を制度やサービス、さらには他の人と「つなぐ」
(3)就労支援や学習支援などによって、人々が自立していくことを支援し、生きる力を「強める」

   著者が立案した「生活困窮者自立支援法」は、こうした視点に立って、事業が進められ、各地で実績を挙げているが、一昨年からは、さらに「我が事・丸ごと」といったキャッチフレーズで、次のステップに歩みを進めている。そして、この先には、「地域共生社会の実現」という目標がある。

全世代型社会保障への転換――社会全体で財源を負担していくことが必要――

   今回の総選挙で、自民党は「子どもから、現役期、高齢期まで生涯を通じた全世代型の社会保障を構築します」と公約としたが、著者も、社会保障を「全世代型」へ転換すべきと主張している。

   まず、何よりも、出生率を回復し、将来の人口減少に歯止めをかけ、人口構造を変えることが重要だと指摘する。希望出生率1.8を2030年に実現でき、2040年に人口置換水準(2.07)まで回復すれば、2050年には高齢化のピーク(35.3%)を迎えるものの、長期的には現在の高齢化率と同水準の27%程度で安定するというのだ。

   そのためには、高齢期の支援が中心となっている現在の社会保障の在り方を改め、給付面では、「子育て支援」を強化し、負担面では「支え合い構造」を再構築する必要があるとする。

   子育て支援として、まず、仕事と子育ての両立支援、そして、経済的な支援の強化を行うべきだという。

   また、その財源については、(1)税財源、(2)子ども保険、(3)子育て支援連帯基金(年金、医療保険、介護保険が拠出)の3つの選択肢を挙げている。著者としては、社会保険方式を基本とする日本の社会保障との調和を保ちつつ、制度間の連帯という新たな支え合い機能を付加するという点で、(3)がお勧めのようである。

   負担の問題は、利害の対立もあって、そう一筋縄で答えの出る問題ではないが、いずれにせよ、全世代対応、しかも、使途が子育て支援という以上、社会全体で負担していく仕組みであることが基本であろう。難しい課題だが、逃げずに答えを出していかねばならない。

   当面、避けられない人口減少への対処と並行して、両面作戦となるが、一日も早く全世代型の社会保障を実現することによって、出生率の回復が図られ、将来の人口減少の懸念が払拭される日が来ることを期待したい。

JOJO(厚生労働省)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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