■「財政と民主主義」(加藤創太、小林慶一郎編著、日本経済新聞出版社)
■「私たちはなぜ税金を納めるのか~租税の経済思想史」(諸富徹著、新潮社)
この「霞ヶ関官僚が読む本」というコラムがJ-CASTトレンドで始まったのが、2012年9月であった。ちょうどこの10月で5年目に入ることとなる。
評者が、掲載の第1回目(2012年9月20日掲載)で取り上げた本は、「「東京裁判」を読む」(日経ビジネス人文庫)や「失敗の本質 日本軍の組織的研究」(中公文庫)であった。新刊ではない本も自由に紹介させてもらえるこのコラム欄はたいへん有難い。
バックナンバーも全て読める。例えば、はじめのころの、第3回(2012年11月8日掲載)の「海洋国家日本の構想」(高坂正堯著)や、第4回目(2012年12月6日掲載)の「君主論」、第11回(2013年7月4日掲載)の「アベノミクスでも消費税は25%を超える」(小黒一正著)の紹介などもこの機会に再読して頂ければと思う。
先進国7か国の中で1番多い「公的債務残高」
日本ではなかなかめったにないことだが、総選挙の争点に関連して、国や自治体からいくらもらえるか、サービスを受けられるか(=「受益」)のことだけでなく、税(=「負担」)の在り方の話まで、今まさに、ワイドショーなどで詳しく報じられている。
この問題について考えるには、2017年3月に出た「財政と民主主義」(加藤創太、小林慶一郎編著、日本経済新聞出版社)が、非常に有益だ。
加藤氏(東京財団常務理事(政策研究担当)が、序章で指摘するように、『財政問題は「民主主義」の問題である』。
日本の公的債務残高は2016年でGDP(国内総生産~国内で2016年に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額)と比較して、232%であり、先進国7か国(アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本)の中では圧倒的に多い。財政危機の続くギリシアも上回る。さらに、問題なのは、その規模が拡散のルートをたどっていて、このまま進めば、ハイパーインフレ、財政破綻といった劇的な調整が市場によって引き起こされる可能性もある。
財政・経済政策にとどまらない幅広い政策提言
こうした状況に政策担当者や研究者は手をこまねいていたわけではない。1990年代以降、経済学者や経済官庁などは財政について様々な試算やシミュレーションを行い、様々な財政再建策を提案してきた。しかし、対策は一向にとられず、問題は先送りされてきた。過去にはなかった、国債をはじめとする金融的な手法が発達して、次世代に負担を先送りすることが可能になったためである。
終わりにおかれている第8章で、各章の提言が簡潔にまとめられている。ここから、それぞれの章に戻って詳しく読んでもらうとよいと思う。「適切な経済・財政政策が民主主義過程で政治的に通らないこと」を深刻に受け止めた、「財政と民主主義」についての財政・経済政策にとどまらない幅広い政策提言となっている。
有権者の判断を、目先のところだけでなく、長期化する施策として、まずは、先進民主主義国中の最高レベルの財政についての情報開示制度や、世代の利害にとらわれない、長期の財政状況の推計や財政政策の分析などを任務とする中立的な「独立財政機関」の設置を主張する。
また、政治哲学の変更や、予算制度、国会運営、社会保障と地方財政の改革などについて様々な具体的な施策を提言する。特に、「第6章 膨張する予算~借金で賄う公共サービス」で田中秀明氏(明治大学公共政策大学院教授)が説得的に論じる、日本の社会保障制度が、本当に困った人に支援がいかない「非効率」な制度であるとの透徹した分析・指摘には改めてはっとさせられた。社会保障負担が、所得に対してきわめて逆進的だというのだ。
理にかなった社会保障制度の改革がなされるかどうか
一方、「リベラル」な経済学者諸富徹氏(京都大学大学院経済研究科教授)の労作に「私たちはなぜ税金を納めるのか~租税の経済思想史」(新潮選書 2013年5月)がある。
この本のあとがきで、諸富氏は、税制改革の方向性について、所得税のフラット化や法人税率の引き下げを行う一方で、両税において課税ベースを広げ、金融所得に対して適正な課税を行う。そして、消費税で社会保障支出を賄えば、社会保障支出が持つ所得再分配効果を下支えすることができる、という。このように、日本であるべき税制改革についての広範な合意は、「リベラル」も含め、理性的には既に存在している。
そうなると、その社会保障支出(受益)が、きちんと効率的に、所得再分配という目的にそって改革ができるかどうかにかかっている。中身にまで踏み込んだ理にかなった社会保障制度の改革がなされるかどうかが、内政分野では、日本の今後の行方を大方決めるといっても過言ではないと思う。
諸富氏は、アメリカで、連邦所得税を「下から」の運動の結実として、憲法改正して20世紀のはじめに導入していることをある種の感動をもって紹介する。
最近話題になることが多い日本国憲法は、最高法規の章にある、第97条で、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と、「将来の国民」に言及している。
我々の世代は、憲法が期待しているように、次世代のことも考えて行動できるかどうか、「社稷」(国家)を次世代に引き継いでいけるかどうか(=「信託」)、がまさに問われている。
経済官庁 AK