タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
アルバムのタイトルを見た時に、何かの当て字なのかと思った。そういう言葉があるとは知らなかったのだ。
先日、11日に発売になった一青窈の初のオールタイムベストアルバムには、こんなタイトルがついていた。
「歌祭文」――。
「うたざいもん」と読む。
「歌舞伎の演目にもあるんですけど、前から使いたかった言葉なんです。元々は山伏の神事に使われていた祝詞らしく、それが世事を歌う俗謡になった。歌謡曲、ポップスもそういうことなんじゃないかと思います」
彼女は、筆者が担当するNACK5のインタビュー番組「J-POP TALKIN'」でそう言った。
デビュー曲はぴんと来なかった
一青窈は2002年、シングル「もらい泣き」でデビュー。今年は15周年。「歌祭文」は、DISC1と2に分かれた二枚組。それぞれが15曲の計30曲。「一青歌祭文」「新盤歌祭文」と名付けれている。前者は「もらい泣き」「月天心」「大家」「ハナミズキ」など初期のヒットから2012年の曲までで、後者は新録音が6曲、初CD化曲が4曲。新作アルバムと言って過言ではない。新録音の6曲には、拍子木で始まる時代劇風、シティ感覚あふれるボサノバやアカペラのドゥワップ、三線が入った沖縄風島唄まである。デビュー以来の東洋的なテイストが更に広がった印象がある。
先行シングルになった「七変化」は特にそうだった。
作詞は彼女で作曲は活動休止中のいきものがかりの水野良樹である。何しろ三味線が随所にフィーチャーされている。
「あの三味線は、本條秀太郎さんという私の歌の先生なんです。以前、「歌窈曲」というアルバムでひばりさんの「リンゴ追分」を歌って、あのえ~え~というところが歌えなかった。由紀さおりさんに相談したら、先生を紹介してあげるって。端唄を習ってます。デビュー15年。ここに来て、あらためてそういうことが出来ないかと勉強しなおしてます」
歌舞伎、端唄、三味線。彼女の口からそういう言葉が出るのは意外に思う人もいるのではないだろうか。
彼女は、自分のデビュー曲「もらい泣き」を、最初はピント来なかった、と言った。
「自分では、『月天心』の方がらしいと思ってたんです。中国語も入っているし、自分のルーツが分かるかなと。事務所の社長の一声でした(笑)」
亡き父や母に伝えたいこと
一青窈は、父親が台湾、母親が日本という血筋。幼少の頃は台湾で暮らし、小学校に入ってから日本に移ってきた。つまり、日本と中国、二つの文化をルーツに持っていることになる。初のオールタイムベスト「歌祭文」が改めて気づかせてくれたのは、彼女のそういうユニークさだった。
例えば、言葉である。
同じ日本語でも祇園用語のような日常生活の中では使われないような大時代的な言い回しや漢字まじりの言葉。それは、中国から発生した漢字に対しての感覚だったりするのかもしれないと思った。歌いまわしにしてもそうだ。慶大時代にジャズ研究会やアカペラサークルに所属していたというものの洋楽のコピーという印象が薄い。むしろ昭和歌謡風な小節に近かったりする。端唄や小唄などを学んでいるという歌の小節も、多くのJ-POPシンガーにはない無国籍的味わいに繋がって行く。
「普段、口語では使わないようなものを選ぶようにはしてますね。中国語でもそう言われます。本当の中国人は、こういう言い方はしないって。両方を外人目線で見てるのかもしれませんね。その時の気分でどっちにも自由に遊べる。ノマド(遊牧民)みたいなものでしょうか」
アルバムを通して聴いていて、改めて思ったことがもう一つあった。それは、DISC1の「一青歌祭文」の中の初期の曲と、DISC2の「新盤歌祭文」の後半の曲の共通性だった。彼女は、新録音の曲を「今しか書けない心境」と言った。
「いつも、ある特定の人に伝えたいという衝動があって歌になるんですね。どうしても伝えたい誰かがいるんです」
彼女は、父親を小学生の時、母親を高校生の時になくしている。デビュー前に「ノートに一日十頁も二十頁も手紙のように書いていた詩」の多くが「なき父や母に伝えたいこと」だった、と言った。新録音の6曲の中のひとつ、BEGINが曲を書いた「会いたかったのは僕のほう」は彼らが「こんにちは赤ちゃんを作りたい」と言ってくれたところから始まったそうだ。「新盤歌祭文」の12曲目には「パパママ」という曲がある。台湾でも両親のことをそう呼ぶのだという。彼女は、2015年に母親になった。
アルバム最後の曲「闇の目」は、子供に向けて書かれているように聞こえた。
「子供に伝えたい。同じようにこの愛しい気持ちを感じていて、それを伝えたいと思っている人に聞いて欲しいです」
ベストアルバムの中にはヒット曲や代表曲を並べただけというものも少なくない。「歌祭文」は、そういうアルバムではない。伝えたい人、伝えたいこと。15年で彼女自身がどう変わったかの記録のようなアルバムだと思った。
(タケ)