『可能なる革命』にみる「運動論」という異物について

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   ■『可能なる革命』(大澤真幸著、太田出版)

   

   

   

   『可能なる革命』(2016年)の著者大澤真幸氏は、戦後精神史を「理想の時代」「虚構の時代」「不可能性の時代」と三区分する。「理想の時代」とはなにが理想であるか社会的合意のあった時代であり、人々が希望を持ちえた時代。他方「不可能性の時代」ともなると、もはやより幸福な未来を想像することが不可能な時代となる。

   もちろん、現在が最高に幸福であるなら問題はない。しかしながら、大澤氏は現代社会はあまりにも多くの問題を抱えているという。資本主義には構造的欠陥があり、「この欠陥は、いずれ資本主義の内部で働く大半の者にとって耐え難いものになる」という。現代の若者を中心とした経済的な閉塞感などを背景とした発言である。

   こうした問題を抱えているにもかかわらず、より幸福な未来を想像することができない現代では、我々は結局のところ現状を肯定するほかない。このことが、著者による時代診断の要点である。

   こうした診断をもとに、大澤氏は今後世の中をいかなる方向にもっていこうというのか。「革命」への道筋の糸口をどうにかして探りあてること、この一点に本書は捧げられている。

   本書は興味深い指摘を含み、評者はその読書を愉しんだ。本書は多くの人の手に取られる価値があると信ずるものである。他方、同時に異物感を感じたことを正直に打ち明けておきたい。その異物に名を与えるとしたら、それは「運動論」という名の異物である。

失望からの現状への執着-「運動論」1

   未来に希望がないことから現状への執着が生じている、という見立てには説得力を感じた。

   本書の価値のひとつは、このパターンを、現代社会のあちこちで分野横断的に繰り返し見出すことにある。世論調査において現在幸福だとこたえる若者が増えているという。また、社会的な価値のありそうな活動(政治、職業生活など)をさしおいて、個人の趣味に執着するオタクの存在感は増すばかりである。さらに、近年若者の間で東京志向が薄らぐ一方、地元への愛着が強まっている。こうした多様な現象から著者は、未来、社会的活動、東京がもはやなんらの価値をもたらさないという失望が、現状、趣味、地元への執着を生み出すという共通の型を指摘する。

   そして、この型の発見を一段と興味深いものにしているのが、一見普遍的価値からの後退にしかみえない、現状、趣味、地元への執着が、実のところ普遍へと連なる回路を備えているという指摘である。例えば、鉄道オタクが鉄道に執着するのは、鉄道が東京という価値の源泉につながる経路を有しているからであると示唆する。また、公私の区別を厳格に考える従来の態度を批判して次のように述べる。

「政治とは無関係であったり、最も縁遠いとみなされていた精神のアスペクト、そうしたアスペクトにおいてこそ、若者たちの政治や社会へと関心が活性化されているのではないか」(p99)

   「神は細部に宿る」という言葉がある(以下では「細部の詰めをおろそかにするな」という意味ではなく、「神性は世界の万象に宿っている」という意味で用いる)。個物への執着が普遍につながるという着想に接して、評者の頭に浮かんだのはこの言葉である。趣味へのオタク的こだわりから、芸術の域に達する人物がいる。評者にも地方勤務の経験があるが、どの地方にも人間生活の普遍につながる発見が潜んでおり、案外面白いことはあるものである。この世界の片隅であっても、そのミクロコスモスには全世界の神秘が詰まっている。

   ただ、大澤氏の議論は「神は細部に宿る」という、神性の所在についての認識論とは異種の顔貌を持っている。著者独自のひねりが利いている。そのひねりは、引用した「政治とは...縁遠いとみなされていた精神のアスペクト...においてこそ、若者たちの政治や社会へ関心が活性化されているのではないか」というくだりにおいても見て取ることができる。大澤氏の関心は「革命」をいかに実現するかという一点にあり、普遍に至ることとして想定しているのは、普遍の認識を得ることではなく、現実の社会的政治的変化を引き起こすことである。すなわち、「神は細部に宿る」という認識論を、大澤氏は「革命」の実現に向けた「運動論」と結びつけるのである。

   顧みると、鉄道オタクの説明においても、著者が普遍として念頭に置いていたのは線路の彼方の東京であった。著者の問題意識は一貫して、東京、社会活動、未来など本来の普遍的価値の在り処へと再び人を赴かせる回路を再構築する「運動論」にあるのである。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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