数々の学術標本が立ち並ぶ博物館内で、突然、実験演劇が行われたら、どのように魂を揺さぶられるだろうか。
見上げるほどの大きなクジラやキリンの骨格、手に取ったら砕けそうなハツカネズミの骨格標本などが並ぶ。それらを眺めているうちに人は「骨の森」に迷い込んだような気にさせられる。古いブロンズ像や肖像画までも、今にも動き出しそうだ。そんな不可思議な空間で、モノたちが想像力を刺激し、俳優の身体の中から物語がうごめき出すのだ。
博物館を演劇スペースに見立てて
場所は東京駅丸の内南口前にそびえるJPタワー。郵便局や大型商業施設「KITTE」の入るビルとしても親しまれている。
旧東京中央郵便局の2・3階を改装してミュージアムとしてオープンしたのが「インターメディアテク(IMT)」だ。
IMTは日本郵便(株)と東京大学総合研究博物館とが協働で設立・運営する博物館である。東京駅から地下通路で直結している、知る人ぞ知る入場無料の人気施設だ。
IMTは東京大学総合研究博物館の豊富な収蔵物を生かしながら、歴史的建築物だけが持つ独特の雰囲気のある空間で、展覧会だけでなく、さまざまな特色のあるイベントプログラムを提供している。
そのプログラムの一つとして行われてきたのが演劇創作プロジェクト「Play IMT」だった。プロジェクトは東京大学総合研究博物館と韓国人演出家の金世一(キム・セイル)氏が率いる「世am I(せあみ)」が、IMTを演劇空間に見立てて新しい演劇を創作していくという試みだ。
2014年にパフォーマンス披露付きの座談会からスタートし、2015年にIMT展示室内での実験パフォーマンス、2016年には全館を使った実験パフォーマンス、今年度は公益財団法人韓昌祐・哲文化財団の助成金を得て、4年目を迎える。
IMTのオフィスは博物館スペースと同じく、旧東京中央郵便局時代の高い天井を持つ。天井は配管をむき出しにしたデザインだが、管は銅色(あかがねいろ)に塗られ、美しい調和を保っている。IMTの担当者、寺田鮎美特任准教授が語る。
「金世一さんとは10年ほど前からの友人です。在籍していた時期は違いますが、東大の文化資源学研究室時代の同窓にあたり、『いつか一緒に演劇のプロジェクトを手がけたいね』と話をしていました」
優れた演出家であり演技トレーナーある金氏のメソッドは、きっちりとでき上がった脚本を演出家や俳優が読み込んで構築していくものとは異なるという。リハーサルもどこか別の稽古場で行うのではなく、舞台となるIMTに集まって一から創り出すことから始まるのだ。
「装置はできるだけシンプルに、IMTにあるものを生かしていくことを重視しました。2階3階にある展示室、ロビーや吹き抜け、大きな階段などがそのまま舞台になって、観客は回遊しながらそれを観てまわります。脚本もみんなで議論しながら時間をかけて作っていくのです。最初のうちはそういうやり方に対し俳優たちにも戸惑いがありましたが、金さんが彼らの肉体性を生かして可能性を引き出してくださるので、どんどん前向きになっていきました」
大階段を滑り落ちていく俳優たち
昨年のフィナーレ。俳優たちがあお向けに寝転んだまま、大階段をズルズルと滑り落ちていった。身体を限界まで使わせる金氏の要求は厳しい。それだけにインパクトがあった。
観客は老若男女が揃う。たまたまそこに居合わせた博物館の入場者だ。しかも実験的な演劇を見慣れた人ばかりではない。突然始まったパフォーマンスにさぞかし驚いたことだろう。
だが戸惑いつつも、俳優たちの肉体が発する雄弁な「言葉」に魅入られていった。観客が大階段の上から紙を降らせるというパフォーマンスにも喜んで参加したという。
「一昨年は、大きなクジラの骨格標本を母クジラに見立て、ダンスのできる俳優が少女の姿をしたクジラの子どもになって母と再会するパフォーマンスを披露する場面がありました。標本が置かれた台をいっぱいに使ったので、骨格標本がゆらゆら揺れ、観客の方がドキドキしたそうです」
身体能力の高い俳優がさまざまな動きを見せたことで台がひとつのステージとなった。また、ガラスケースの中に入った頭蓋骨の木骨標本を『サロメ』に登場するヨハネの首に見立て、ガラス越しにキスする場面もあった。
「標本は大切なものですので、それがギリギリの表現でした」
何度も現場に集まって創り上げることで、このような表現も可能になったのだろう。演劇は俳優が発する気を観客が受けとめ、新しいエネルギーを乗せて交歓するものだ。事前知識のない無垢な観客のエネルギーだからこそ、さらに俳優に力を与えたのではないだろうか。
標本と剥製を発想源にテーマは「愛」
今年はどんな展開になるのだろうか。8月中旬の稽古日。かつて東大の教室にあった古い木製の長机と椅子が階段状に置かれたIMTの一室に、演出家の金世一氏、寺田鮎美さん、俳優全員が集まった。その後、事前にまとめられていた参加者一人一人の文章が順番に朗読されていく。その文章とはさまざまな学術標本をモチーフに取り込みながら、皆でストーリーをつないだ物語リレーのあらすじ。IMTに展示されている標本や剥製を発想源に、「愛」というテーマが浮かび上がる50字の短い物語である。
文章がどんどん読まれ、金氏が質問を投げかけるたびに、俳優たちは新しい言葉や場面を付け加えていく。
「悲しみから愛を取り戻す」「魔法」「犬」などの謎のキーワードが語られ、そこから次の物語が紡がれていった。普通のオフィスビルにある天井の低い部屋の中だったら、ここまで想像が膨らんだかどうか。
次に、展示室に全員が移動して体を使った動きに入る。しゃがみ込んだまま電車ごっこのようにつながって標本の間を練り歩く。大きな階段を4本の手足を駆使し、さまざまな体勢で上り下りする。IMTの空間をいっぱいに使い、息が切れて動けなくなるまで肉体を動かす。鍛えられた肉体は雄弁だ。
「ここでまとまった脚本が最終形というわけではありません。これから他のスタッフとも情報を共有し、脚本を練りながら10月に制作に入るという流れです」
今回は助成金を得た。IMTとしての予算は組んであるが、やはりそれだけでは限界がある。今年は、金氏が選んだ韓国の若手作曲家Lee Young Jaeに音楽を依頼し、音響エンジニアShin Dougwonも呼ぶことができた。
強い光で展示物を傷めないように照明はシンプルにせざるを得ない。その分音楽と音響効果が重要になるが、増えた予算で音響機材を借り入れることができる。これによって、IMTの空間にしかできない質の高い演劇表現を生み出そうとしているのだ。
「前は音響といっても、予算がなかったので『効果音』レベルでした。でも、今年は変わると思います」と寺田特任准教授。
隣国だけに日韓文化交流の機会は多い。だがIMTという特別な場を本当に生かすのなら、単にお互いの作品を持ち寄るのではなく、日韓の才能と才能がスパークするようなパフォーマンスでなくてはならない。
2017年の「Play IMT」の公演日程は、以下の8回だ。日韓演劇人の才能がぶつかり合う舞台、エネルギーを俳優たちに贈るために足を運んでみてはいかがだろうか。
11月24日(金)18:30
11月25日(土)14:00/17:00
11月26日(日)14:00
12月1日(金)18:30
12月2日(土)14:00/17:00
12月3日(日)14:00
会場:インターメディアテク(IMT) 東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE 2・3階
(文・ノンフィクションライター 千葉望 写真・フォトグラファー 渡辺誠)