そうだ、作曲者の名前を変えよう!
婚約に関して書かれた「愛の挨拶」、オリジナルの題名は、「Libesgruss」とドイツ語でタイトルがつけられていました。イギリス人同士の2人ですが、ドイツ語に堪能なアリスのことを思ってエルガーはドイツ語でタイトルをつけたのです。英語だと、さしずめ「Love's Greeting」といったところでしょうか。
ところがこのタイトルを変更してフランス語「Salut d'amour」にするようにと、出版社が申し出てきたのです。
どうしてか・・・実は、フランス語の題名にすると、「フランス以外の国で売り上げが伸びる」からなんだそうです。香水やファッションアイテム、ブランド品などの「メイド・イン・フランス」というイメージ戦略と全く同じですね。
もともと名曲なのだから、手に取ってもらえばしめたもの、いかに、楽譜を手に取ってもらいえるかが勝負ですから、編集者は、キャッチーな題名にこだわるわけです。
しかし、いかにタイトルがフランス語でも、作曲者が「エドワード・エルガー」ではいけません。どうしてかというと、ヨーロッパでも決して音楽先進国とは言えないイギリスの名前ということが、明らかだからです。クラシック音楽の世界においては、「メイド・バイ・イングリッシュ・コンポーザー」は、マイナスイメージなのです。
ここにも出版社は工夫を凝らしました。わざと表記を縮めて、「エド・エルガー」作曲、と印刷したのです。イギリス人丸出しのファーストネームを省略したことによって、人々は勝手に「イギリス以外の」国籍を想像し、フランス語の題名に惹かれ、楽譜を手に取って中身を見ることになります。
2つの作戦は見事に当たり、ごく短い小品ですが、この曲は爆発的に楽譜が売れて様々な編成にも編曲されて、超人気曲となりました。
楽譜は売れてもいろいろな事情があり、直接的にエルガー夫妻に経済的メリットをほとんどもたらさなかった「愛の挨拶」ですが、無名の若手だったエルガーの名を高らしめるのに、大いに役立ちました。
アリスとの婚約記念に贈るために作った「愛の挨拶」は、いわば作品それ自体が、抜群の「内助の功」を発揮したわけです。
本田聖嗣