想像できるだろうか。視覚障がい者が、1週間で砂漠を250キロ踏破することを。しかも伴走者は、言葉の通じない外国人。
そんな想像を絶するプロジェクトを実行している人がいる。千葉県在住のシステムエンジニアの金基鎬(キム・ギホ)さんである。公益財団法人韓昌祐・哲文化財団の助成を受けた一般社団法人「小さな鈴の音」(以下、鈴の音)の主宰者だ。
鈴の音は、ゴビ砂漠(中国)、サハラ砂漠(北アフリカ)、アウトバック(豪州)、グランドキャニオン(北米)、アタカマ砂漠(南米)といった5大陸砂漠マラソンに、視覚障がい者と出場。異なる国の伴走者とともに、みごと完走している。
日韓関係の悪化で考えた
プロジェクトの着想は、2011年に金さんが個人参加したサハラ砂漠マラソンがきっかけだった。
「スタート直後は人が周りにいるのですが、20~30キロになると人が見えなくなります。本当にこのコースで合っているのかさえ不安になってくる。そんなとき頼りになったのが前を走った人の足跡。その足跡に、国籍も宗教も関係ありませんでした」
当時、韓国で1冊の本が話題になっていた。『神の息 サハラ』。視覚障がいをもつ韓国人男性がサハラ砂漠を完走した体験記だった。著者は、韓国人の伴走者と走ったが、もし違う国の伴走者と走ったら......と、金さんは思った。
「私は日本人女性と結婚して十数年になります。その頃、領土問題で日韓関係が険悪になっていたのが気になっていました。もし、私が日本人の視覚障がい者と一緒に走り、心が通じ合えたら、両国の関係によい影響を及ぼすかもしれない。それが広がっていけば、社会貢献になるし、国際貢献にもなると思ったのです」
視覚障がい者と走るとき、鈴をつけた登山用ストックは必需品だ。前に石などの障害物があるとき、それを鳴らして注意を促すのだ。団体名「小さな鈴の音」はその鈴にちなんだ。最初は小さな音でも、参加者が増えるうちに、多くの人々に広がることを願った。
2013年、初挑戦のアタカマ砂漠完走に続いて、15年にはゴビ砂漠、翌年サハラ砂漠も完走した。