シューベルトの死後に正式出版
楽器がヒットするにはレパートリーも重要です。ドイツで活躍したヴァイオリニストで作曲家だったシュポーアや、日本では練習曲で有名なブルグミュラーなどもこの楽器のために作品を書きましたが、現在では全く演奏されません。
そんな中にあって、1曲だけ、有名曲が生み出されました。地元ウィーンの作曲家、「歌曲王」ことフランツ・シューベルトがこの楽器に惚れ込み、この楽器のためのソナタ、通称「アルペジョーネ・ソナタ D.821」を生み出したのです。
アルペジョーネとピアノで本来演奏されるべきこの曲は、楽器が生み出されたとほぼ同時期の1824年に作曲されており、シューベルトはこの楽器に新しい未来を見ていたのかもしれません。
しかしながら、この曲が正式に出版されたのは、1828年のシューベルトの死後かなり経過した1871年になってからで、残念ながら、鳴かず飛ばずだったアルペジョーネはそのころすでに影も形もない「完全に忘れさられた楽器」となっていました。
それでも、音楽の力はすばらしく、シューベルト最晩年の室内楽の傑作であるこの曲は、他の楽器、特に形の似ているチェロや、音域が近いヴィオラ、コントラバスといった楽器で、多少のアレンジを加えながら演奏され続け、オーケストラ編曲版も作られて、現代でも演奏家のレパートリーとなっています。
題名は現代でも「アルペジョーネ・ソナタ」と呼ばれているので、楽器・アルペジョーネの姿は、ほとんどの人が見たことはないけれど、そのかわいそうな楽器の名前だけは、この名曲によって、後世まで末永く伝えられることになったのです。
本田聖嗣