数世紀にもまたがるクラシック音楽の発達史の中では、数多くの楽器が失われました・・・という言い方よりも、楽器は歴史の中で、常に改良・発展を繰り返してきたのですが、中には評価されず、廃れてしまった楽器も数多くある、ということです。
21世紀の現在では、「古楽器」と分類される、18世紀バロック時代などの「現代の形になる前」の楽器を使って、同時に当時の演奏法で演奏する「古楽」と呼ばれるジャンルも成立していますが、今日は、それよりずっと後・・・19世紀古典派からロマン派になろうとしている時代に発明されて、ほぼ一瞬で「忘れ去られた」楽器を登場させましょう。
チェロとギターの中間のような楽器
その楽器は「アルペジョーネ」という名前が付けられていました。古典派が花開いた「音楽の都」ウィーンの楽器製作者、ヨハン・ゲオルク・シュタウファーと、同時期にハンガリーのペストのペーター・テューフェルスドルファーによって1823年に考案され、作り出されました。どんな楽器かというと、写真にある通り、形は、「チェロ」に似ています。しかし、チェロが4本の弦を持つのに対し、アルペジョーネは6本の弦を持っています。そして、現代のオーケストラに使われる弦楽器、高音のヴァイオリンから低音のコントラバスまで、弦を押さえる指板には何もついていませんが、アルペジョーネはギターのようにフレットがついていました。6本の弦、そして、指板にはフレット・・・この楽器は、明らかに「ギター」を意識して、それに似せて作りだされたのです。
もしかしたら、ヴァイオリンなどの弦楽器は難しく、習得に時間がかかるので、それらの楽器よりも初心者にとってやさしく弾けるように・・という意図があったのかもしれません。古典派後期のウィーンは、宮廷の力が落ち、相対的に市民層が力をつけてきた時期でもあったので、市民の楽しみとしての音楽が求められた時代でもありました。
アルペジョーネは6本の弦もギターと同じように調弦されることになっていました。しかし、ギターに似ているとはいっても、ギターのように弦をはじく楽器ではなく、チェロと同じように足の間に挟んで、弓で弦をこすって音を出す楽器でした。ギターのように弾くことで音を出す楽器は、音量をあまり大きくできないので、弦でこする方式にこだわったのかもしれません。
筐体はチェロより少し小さかったようですが、弾き方はチェロ、でも機構はギターに似ている・・・・ちょうどチェロとギターの中間のような楽器だったのです。そのため、「ギターチェロ」や「愛のギター(フランス語でギター・ダムール)」などとも呼ばれていたようです。
本家チェロやギターが成立した後に登場した楽器ですから、本来なら「双方のいいとこどり」の楽器としてヒットしてもよかったのですが、残念ながら「アルペジョーネ」は驚くほど短命で、すぐに忘れ去られた楽器となってしまいました。