戦前女性の切なくなる境遇
下町情緒を脇に措くと、本書は家父長制が厳しい時代の少女の記憶集でもある。
「貞坊」と呼ばれた少女時代の著者の境遇は、落ち着いた筆の運びと当人の健気さ故に、気の毒を通り越し、切なくなってくる。
「私は女の子だから、うちで、店屋ものをとるときの数にはいれて貰えない。父や兄のお残りときまっていた」「子供のころ、私はお雛さまを持っていなかった...(中略)...男の子の節句は、借金を質においても祝ってやらなければならないと思い込んでいた父にとって、女の子の雛祭りは、たいして気にかけるほどのものではなかったのだろう...」
等々。枚挙にいとまがないとはこの事だ。
よって、本書は下町文化遺産であるとともに、しなやかなる体験的家父長制批判の書とも読める。これがいくつかの社から出版され、細々とでも売れ続けていることは、健全なことと評者は思っている。
本書は、NHK連続テレビ小説第21作目「おていちゃん」(1978年放送)の原作となったと聞く。視聴した当時の人々は、何を思っただろうか。江戸情緒を懐かしむ人もあれば、恥の文化を思い出して少しだけ自分の背筋を伸ばした人もあっただろう。だが、家父長制を復活せよ、と思った人は滅多になかっただろう。
然るに現代日本では、家父長制復活の声は僅少ではあるものの、復古主義的な言動は寧ろ増えた印象がある。福澤諭吉の「門閥制度は親の敵で御座る」(福翁自傳)をもじって言えば、「家父長制は戦前の母の敵である」。現代日本最大の危機は少子化だと人はいう。だが、母を大切にしない国は、滅びるしかあるまい。
酔漢(経済官庁・Ⅰ種)