いつもこのコラムでは、日常に聴きたいクラシックの曲を1曲取り上げて、その背景を書いていますが、今日は少し趣向を変えて、「音と湿度」について書いてみたいと思います。
というのも、今日本列島は梅雨明けした沖縄と梅雨のない北海道を除いて、梅雨の真っただ中。今年はさらに早めの台風までやってきて、雨も多く、そして、雨が上がれば夏の気温、つまり「高温多湿」な日々が続いているからです。
音、というのは空気の振動。空気がなければ音は通じませんから宇宙空間など、真空に近いところでは音は伝わりません。地球の大気は、この星に生命をはぐくむための不可欠な要素でしたが、地表上で音が良く聞こえる・・ひいては我々人間が音楽を生み出すことになったのも、この「大気」があってこそです。
純粋に物理学的に言えば、音は空気の振動ですから、低湿度、つまり空気の密度が薄い時よりも、多湿で空気の中にたくさん水の分子が含まれるときのほうが、たくさんのものが振動するわけですから、「音の伝わりは良くなる」はずです。
しかし、私の経験から言っても、多湿の場合・・日本のような気候の場合、と言い換えてもいいでしょう・・・では、音が響きにくくなります。音は主観的な表現をされますから、「音の抜けが悪い」というような表現もよく見かけます。
乾燥ヨーロッパがクラシックを生んだ理由
日本と、クラシック音楽の本場、ヨーロッパの湿度がどれぐらい違うかというと、日本では、「洗濯物を完全に乾かすのに、雨天で外は無理、部屋干しで2日」の感覚。一方のヨーロッパでは、「外が完全に雨でも、部屋干しで1日でパリパリに乾燥」――。
身近な例で申し訳ありませんが、それぐらい「湿度70%がしょっちゅう」の日本の梅雨と、「湿度30%以下」のヨーロッパの、特に大陸国家は乾燥度が違います。
そして、この乾燥した気候が、ヨーロッパの音楽、クラシック音楽を育んできました。物理学的に考えると、上記のように湿度(もちろん温度により音の速さも変わりますが、今は考えません)が高いと音の伝播が早くなるのですが、それ以前に、楽器、マイク、反響する壁、これらのものがすべて湿気を吸って、音の反射や音に対する反応が鈍くなります。
低音域の音は比較的エネルギーが大きいので、湿度での変化は少なめですが、高音域の音は波長が短く、持っているエネルギーが少ないので、空気中の水分などにエネルギーを吸い取られてしまい、減衰が乾燥しているときより早くなります。これがいわゆる「抜けが悪い」「響かない」状態なわけです。
音の最初を強めに出す日本
実は江戸時代以前の日本古来の音楽・・・現在ではそれを「純邦楽」と「純」を付けて呼ばなければいけないのは情けない・・と関係者が言っておりましたが、筝曲でも三味線でも、尺八でも、比較的「最初の音」を聞かせ、かつ、シンプルなメロディーを味わう傾向にあります。それに対して、ヨーロッパの音楽は、特にクラシックは、最初の打音だけでなく、そのあとに響く音を味わい、さらに、その響きをいくつか重ねて「和音」を楽しむという考え方のもと楽器も改良され、発展してきました。
低湿度のヨーロッパは石の家が多く、高湿度でも住みやすくするために伝統的な日本家屋は木造建築が多くなっています。これも、「後ろの音を響かす」環境のヨーロッパの教会建築と、「音がすぐ拡散・吸音されてしまうので、音の最初を強めに出す」とした日本音楽の違いに現れているような気がします。
もちろん、音の聞こえ方は個人差も、そして同じ個人でも年齢によって違いますし、現代のクラシック音楽などは、ほとんど空調の利いたホール内で演奏されるので、こういった屋外環境は現在では直接影響しませんが、長年、人々が、「これならもっといい音楽ができるのではないか」と考えてきた音楽の発展の歴史に、その土地の湿度環境が大きく影響しているであろうことは、これは、間違いないことのように思われます。
本田聖嗣