タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
不屈のロックバンド――。
2017年6月24日に群馬県前橋市のYAMADAグリーンドームで音楽イベント「GBGB2017」を行うロックバンド、ROGUEをインタビューしながらそう思った。
首から下が不随に
ROGUEは、82年に結成、85年にメジャーデビューした4人組だ。88年にはニューヨークの伝説のライブハウス、CBGBや日本武道館でもライブを行った。BOO/WYやBUCK-TICKと並んで群馬出身の3大バンドと言われている。
90年にバンドは解散、それぞれがソロになり、ヴォーカルの奥野敦士は俳優としても活動、ギターの香川誠、ベースの西山史晃(当時・文明)ドラムの深沢靖明はKNiFeとして活動、西山・香川の二人は氷室京介のツアーのバンドメンバーだったことでも知られている実力派だ。
ただ、彼らが他のどんなロックバンドとも違うのは過去の実績や活動の経歴ではない。今の姿そのものが、僕らの想像を超えている。少なくとも日本でこういう形で活動しているプロのバンドは他にないと断言しまっていいだろう。
2008年、奥野敦士は、事故で頸椎を損傷、首から下が不随になった。つまり麻痺である。今も障害者施設で暮らしている。二度とステージに立てない姿になったのは、バンドの再結成話が持ち上がった直後だった。
筆者が、奥野の歌う姿を見たのは、静岡県掛川市の「つま恋」多目的広場で開催された2012年のapbank fesの会場でだ。イベントのホストの一人、Mr.Childrenの桜井和寿が、「これから歌うのは僕が好きだった歌です」とROGUEの「終わりのない歌」を紹介しつつ奥野の現状を伝え、彼がYou Tubeに投稿した映像を流した。
そこには車椅子に乗ったままルイ・アームストロングの「ワンダフル・ワールド」を歌う奥野の笑顔があった。
「伊東の頸椎を痛めた人ばかりのリハビリ施設にカラオケBOXがあったんです。でも、最初は腹筋に力が入らずに全く歌えなかった」(奥野敦士)
伊東の重度障害者センター。麻痺した腹筋と横隔膜を使うにはどうすればいいか。担当の先生にお腹をぎゅっと押して貰う。車椅子のベルトをきつく締めてお腹に力が入った状態にする。身体を前後に揺すって肺に空気を取り入れられるようにする。頸椎損傷の人には無理と言われていた腹式呼吸。彼がYou Tubeに歌っている姿を投稿したのは、それから2年後だ。それを見て群馬に訪ねてきたのが桜井和寿だった。
「わざわざ来てくれて、イベントに出てもらえませんか、と言ってくれたんです。どうしようかと思ったんだけど、車椅子で作曲を続けていてお尻に穴が開いてた状態だったし体温調節が出来ない身体なんで、真夏は無理なんですね。丁重にお断りしました」(奥野敦士)
「歌えると分かった時もそういう姿をさらし者にしていいのか考えました。でも、彼のように障害を持ってしまった人のために何か出来ないか、歌えるか、と会って聞いたのは半年以上経ってからですね」(香川誠)
バンドの再結成が実現したのは、2013年。第一回のGBGB(G-Beat Gig Box)が開催されたのも、その年だ。ROGUEも出演し、奥野は7曲を歌った。会場のYAMADAグリーンドームは、県下最大のコンサート会場である。
「腹筋も肺活量も落ちてるし、最初は2,3曲の予定だったんだけどね。それじゃお客さんも喜ばないし、何とか7曲にしました」(奥野敦士)
「出来れば、いきなりそんなに大きい所ではやりたくなかったんです。あそこは競輪の施設でしたから女子トイレを増やさないといけないしキャパも大きい。でも、バリアフリーの会場が他にないんです」(香川誠)