アマチュアが家で楽しめる作品
第1巻Op19-6番、第2巻Op.30-6番、第5巻Op.52-5番と、結果的に48曲のうち、3曲が「ヴェネツィアの舟歌」と名付けられているので、それぞれ「ヴェネツィアの舟歌第1」、「同第2」「同第3」と便宜上呼ばれています。現代の楽譜には、以前登場させた「春の歌」を含めてほとんどタイトルがつけられていますが、ほとんど出版社や後世の人間によって売り上げアップを目指してつけられた題名で、メンデルスゾーン自らの命名は、わずか5曲しかありません。
そのうち3曲が「ヴェネツィアの舟歌」なのですから、メンデルスゾーンがヴェネツィアのゴンドラの風景から受けた印象は、強烈なものだったといえましょう。
曲はそれぞれ、ゴンドラの揺れる風景を象徴するような左手のパッセージの上に、船頭の歌でしょうか、物憂げな旋律が右手に現れます。決して陽気なイタリア、ではないところがリアリティを感じさせます。
メンデルスゾーンの無言歌集は、当時、一般家庭にも普及しつつあったピアノという楽器とワンセットで・・つまりアマチュアが家で弾いて楽しむ、という需要に合致し・・大ヒット作品となり、各「ヴェネツィアの舟歌」も広く知られる作品となります。
そして、結果的に、ショパンや、後の時代のフォーレなど、「舟歌」と銘打ったピアノ曲を作曲するフォロワーが現れ、ピアノ曲の「性格小品」と呼ばれる1ジャンルを確立することになるのです。
メンデルスゾーンは40年に満たないわずか38歳の生涯でしたが、彼の後世に与えた影響は大変大きなものだったのです。
日本では、6月、少し憂鬱な梅雨の時期が続きますが、メンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」は、そんな雨の風景にも合う、素敵な小品たちです。
本田聖嗣