先週は、フランスの子供の歌を取り入れたモーツァルトの名曲、「きらきら星変奏曲」を取り上げましたが、今日は、似たように、子供たちの歌を取り入れたピアノ曲をとりあげましょう。
5月の日本列島は晴れると真夏のような暑さがやってきましたが、月初めのさわやかな気候に比べて、月末の晴れ間は少し蒸すな・・・という湿度の違いから、梅雨を感じるようになってきました。そんな今の時期に聴きたい曲でもあります。フランス近代の作曲家、クロード・ドビュッシーのピアノのための作品「版画」の最終第3曲目、「雨の庭」です。
ドビュッシーの繊細なセンス
1862年生まれのドビュッシーは、世紀の変わり目のフランスにあって、数々の音楽的革新を成し遂げた作曲家です。管弦楽作品では、「牧神の午後への前奏曲」や交響的素描「海」などで、それまで誰も描いたことのない独特な世界(よく同時期に花開いた絵画の一派になぞらえて彼の音楽は「印象派」と呼ばれることが多いのですが、本人はあくまで独自路線を貫いていて、文学から影響を受けることはあっても、印象派の画家とコラボレートしていたわけではありません)を展開し、近代フランス音楽をリードし、クラシック音楽全体にも重要な革新を与えた人です。
もともとピアニストでもあったドビュッシーなのですが、19世紀のうちは、あまり目立ったピアノ曲を残していません。あくまでも、他のジャンルで名をあげることを目指していたようです。そして、作曲家としてある程度名前が知られるようになった20世紀初めから、他のジャンルと同じように革新的なピアノ作品を発表し始めます。1901年には「ピアノのために」という曲集を、そして、1903年にはさらに斬新な「版画」を発表します。
「版画」は3曲からなり、1曲目は「パゴダ(塔)」、2曲目は「グラナダの夕べ」、そして3曲目が「雨の庭」と名付けられています。1曲目はパリ万博で彼が接した、遠くジャワ(インドネシア)のガムラン音楽に影響されたといわれ、東洋風の五音音階が随所に使われ、東洋的な雰囲気が漂います。2曲目は題名の通りスペイン・アンダルシアの情景を念頭に置いて作曲され、ギター的響きやハバネラのリズムがちりばめられています。
・・・1、2曲目と異国情緒を漂わせた「版画」は、3曲目「雨の庭」では、フランスに戻ってくるのです。ドビュッシーは、言葉では、どこにも「フランスの」とは記していません。しかし、多くの人が、この曲を聴くと、「ああ、この曲の舞台はフランスなんだ」と思わせる仕掛けがしてあるのです。
それは、2つの子供の歌、「眠れ眠れ、坊やよ眠れ」と「もう森へは行かない」という2曲が、曲中に登場するのです。おそらく、この時代のフランス人が聴いたら誰でも即座に理解し、子供時代を思い起こして懐かしい気分になる・・・おそらく、われわれが梅雨のシーズンに「雨雨降れ降れかあさんと、蛇の目でお使いうれしいな・・・」という童謡を聴くのと同様な気持ちになるのだと思います。
1曲目は遠い東洋、2曲目は欧州だけれどもピレネーの向こう側の隣国スペイン、と異国気分をあおっておいて、3曲目は、童謡を織り込んだフランスの雨の風景を描く・・・これだけでもドビュッシーの繊細なセンスがうかがえます。
ピアノの曲としても、それまでにない技法を使い、冒頭から雨がひたすら滴り落ちる光景を描き、最後には、「梅雨の晴れ間」のように、太陽の光が見えるような光景も描いています。
日本の梅雨の長雨はうっとうしいですが、ぜひ、東洋の芸術にも理解があったドビュッシーの繊細な「雨の庭」を聴いて、フランスの素敵な雨の情景を想像してみてください。
本田聖嗣