私もこうして「うつ」を抜けました 身も心も軽くなる「うつ病脱出」コミック

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   ■「うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち」(田中圭一著、KADOKAWA)

   「うつ」は、日本人15人のうち1人が生涯のうち一度は罹患する病いといわれる。現在、治療中の者は110万人を超え、未治療の者を含めると患者数は300万人を超えるという。壮年層の発症率が最も高く、評者にとっても他人事ではない。

   本書は、刊行から4か月で18万部を売り上げたベストセラー。中高年男性から火がつき、現在は働く30~40代女性に浸透中だという。著者のほか、著名人から市井の人まで17名のうつ経験者等を取材し、それぞれのうつ脱出体験をマンガで表現している。

   実際に、うつのトンネルを抜けてきた体験者の話だけに説得力がある。そして何より、マンガだから読みやすい。うつの渦中にある人にとって、文章を読む作業は集中力を要するだけに困難な場合も多いが、一見、「手塚治虫が書いたの?」と勘違いするほど似た絵柄で描かれたストーリーは、そんな人にもすんなり受け容れられるだろう。 

時の経過とともに必ず抜けられる

   著者自身、10年近くにわたって、うつのトンネルを出たり入ったりを繰り返し、苦しんできた。

「毎日毎日続く原因不明のつらさ」
「絶え間なくつきまとう原因不明の『恐怖と不安』」
「どんな曲を聴いても、どんな映画を観ても、どんな風景を見ても、何の感動もわかない・・・」

こんな状態を断続的に続けてきたという。

   それが今では、

「あーっ! 空気がうめぇ!!」
「日差しがまぶしーっ!!」

と、すっかり霧が晴れたかのような心の状態となった。

   著者がうつトンネルを脱出するきっかけは、立ち寄ったコンビニの文庫本売場で手にした一冊の本、『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』(宮島賢也著)だった。「うつ病から脱出するための本」はあまたあるが、この一冊との出会いが10年近くうつトンネルを彷徨った著者を出口へと導いてくれたという。

   本書は、こうした経験を持つ著者が、うつトンネルで苦しんでいる多くの人たちのために、漫画家として、彼らが「偶然出会う一冊」を描いて世に出すという一念から描かれたものだ。

   本書には、フランス哲学者(内田樹氏)、ロックミュージシャン(大槻ケンヂ氏)、小説家(宮内悠介氏)など著名人が多数登場する。「エッ、この人もうつ経験者なの」と顔ぶれの意外さに驚かされるとともに、うつが誰でもかかり得る病いであることを教えてくれる。

   ありふれた病いであることを強調するあまり、しばしば、「うつ」は「心の風邪」などと表現される。しかし、うつトンネルを通過している当事者にとって、その深刻さは比較すべくもない。時には、自殺という深刻な事態も引き起こす。本書に登場する脚本家の一色伸幸氏は、うつは「心のガン」だと語る。死に至ることもある病いであり、安易に考えてはいけないのだ。

   本書では、うつ経験者たちが、発症からうつをヌケて今に至るまでの体験を赤裸々に語っている。それぞれが個別的で、しかもヘビーな話であるが、共通して、時の経過とともに、必ずうつはヌケることができることを教えてくれる。

うつになってしまったら、どうすればいい?

   著者は、数々のうつ経験者を取材してきた中で、以下のような「法則」を発見したという。

うつになりやすい人⇒「生真面目」「気が小さいが前向き」「責任感強し」
うつトンネルの入口⇒「自分がすべて悪いと思い込む」「自信を失う」「自分が嫌いになる」
うつトンネルの出口⇒「周囲から自分が必要とされていることを感じる」
うつからの脱出⇒「過去のつらさをのりこえ、自分を肯定できる」

   したがって、うつヌケの要点は、「自分が必要とされていることを実感して自分を肯定できるようになる」ことだという。つまり、周囲の人から必要とされ、その責務を果たすことで、トンネルの出口が見えてくるというのだ。

   そこで、以下のような経験則が見えてくる。

・小さな達成感を得られる「何か」を見つけよう
・ささいなことでもいいので、必要とされている、役に立っていると実感できる瞬間を持とう!!

   うつになったとき、仕事との向き合い方は悩ましい課題だ。本書に登場したうつ経験者の話でも、「仕事をやめて休め」派と「仕事が支えになった」派に分かれたが、本書の総まとめでは、非常にポイントを突いた指摘をしている。

   同じ仕事でも、辛い仕事やきつい人間関係が不可避な仕事もあれば、「あなたが必要」だとして当人にとって好ましい仕事もある。前者なら休むべきだし、後者ならぼちぼちやればよいのだ。要は、「自分を否定するものからは遠ざかり、自分を肯定してくれるものに近づこう」というわけだ。

厄介な「突然リターン」とどう付き合うか?

   うつトンネルを抜けたと思っても、しばらくして、次のトンネルに入ってしまうことも多い。何の前ぶれもなく、ある日いきなり「うつ」がぶり返す状況を、著者は「突然リターン」と呼ぶ。

「一度『うつ』を患ってしまうと、心に『うつスイッチ』ができて、『うつ』に戻ったり、また抜けたりということをくり返しやすくなります」
「このスイッチとうまくつきあっていくことも『うつヌケ』なんだと思うんですよ」

   著者の場合、突然リターンが、「はげしい気温差」をきっかけに起こることを知る。からくりがわかったことで、一気に霧が晴れたという。ちょうど「目的も正体もわからない『幽霊』が性質や目的がはっきりした『妖怪』だということがわかった・・・みたいな感じ」だったそうだ。

   著者がツイッターで情報を集めてみると、突然リターンには、人それぞれ様々な「引き金」があることがわかったという。

・台風が近づくと「うつ」が来るなど気圧の低下
・ホルモンバランス
・胃の調子
・血行

など。

   「引き金」がわかったとしても、突然リターンは避けられない。結局「うつ」が来たら、仕事がはかどらなくなることには変わりがなく、うつに苦しむ人々は、「時間のロス」感覚に苦しむことになる。

   こうした悩みに対し、本書に登場する専門医(ゆうきゆう氏)は、こう指摘する。

「気持ちはわかりますが、『うつ』のせいで仕事の生産性が低下した――という考え方はしない方がいいですよ」
「気分が落ちた時、それは『人生の自習時間』なんだと考えて、自習時間にふさわしい『やるべきこと』を見つけておくんです」

   この専門医自身は、気持ちがダウンしてきたときは、無駄な抵抗はやめて読書することにしているという。

   面白いことに、うつの再発は、若くてエネルギーのある人ほど起こりやすく、加齢とともに落ち着いてくるという。そもそも「リストカットする若い女性はいるけれど、お婆さんにはいない」というのだ。

   うつ経験者の体験からわかることは、うつトンネルは、すっきりと抜け切って、「もう治った」と安心し切るようなものではない。時々、突然リターンがやって来ることもある。しかし、「引き金」は何かを知り、対処方法を体得していくことで、飼い慣らしていけるようだ。

   どうしても、早くこの苦しさから解放されたいと焦る気持ちが先走りがちとなるが、経験者たちが語るように、

「時間を経ることが『薬』になる。つらいのは今だけ。時が経てば、そのうち『いい人生だ』『楽な人生だ』って思える日が来る」
「毎日ほんの少しづつ治っていくものなので実感しにくいけど、ある日ふりむくと、ずいぶんとよくなってた――」

と気付く日が来るのだ。

   著者の一念どおり、ひとりでも多くの者が、本書を手に取ることで、その心が軽くなることを心から期待したい。

JOJO(厚生労働省)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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