この女性は娼婦? いや、すでに亡くなっている、という解釈も
不思議な情感を生み出すグリーン・スリーヴスは、17世紀、つまりヘンリー八世の子、エリザベス一世の時代には広くイギリスの人々に知られる曲となっていたようで、1602年ごろ書かれたといわれるシェイクスピア作品「ウィンザーの陽気な女房たち」の中でも言及されています。
当時の流行に敏感で、舞台に次々に取り入れていったといわれるシェイクスピアに着目されているわけですから、相当なポピュラー・ソングだったということがわかります。
シェイクスピアに取り上げられ、エリザベス朝期にはごく一般的に知られていた民謡ですから、その出自は謎に包まれていたとしても、後の時代の作曲家たちがほっておくわけがありません。このメロディーは、クラシックをはじめ、ジャズ、ロック、ポップス、フォーク、ケルト系の音楽、そして日本のアニメ音楽まで、多種多様なアレンジにより、採用されて、今や世界中で親しまれているメロディーとなっています。
クラシック系の編曲の中では、近代の作曲家、レイフ・ヴォーン=ウィリアムズがもともとシェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」をオペラ化した時に書いた間奏曲を、ラルフ・グリーヴスという他の作曲家が編曲して独立させた、「グリーン・スリーヴスによる幻想曲」が、人気が高く、有名な曲となっています。フルートとハープの幻想的な出だしから始まるこの曲は、一瞬にして我々をルネサンス以前の、中世イングランドの田園地帯にいざなってくれるかのようです。
もともと、民謡ですから、歌詞が伝わっているのですが、題名の「緑の袖(グリーン・スリーヴス)」が何を示唆しているのか、わかっていません。袖に、草の緑の葉緑素が付着している...という発想から、この女性は野外を仕事場とする娼婦だったのだ、という解釈もあり、一方では、緑は特にケルトの影響が強いイングランド北部やスコットランドでは妖精の色とされているために、この女性はすでに亡くなっているのだ、と解釈する向きもあります。
誰でも知っているのに、由来と意味は誰も知らない・・・そんな謎めいた有名曲は、今日も、謎を増幅するようなメロディーで、世界中の人々を魅了しているのです。
本田聖嗣