約6530万人――。
この数字が何かお分かりだろうか。
難民である。国連UNCHRが発表している、紛争や災害で家を追われている人たちの数。地球人口に換算すると約113人に1人、フランス1国の人口に相当するのだそうだ。
4月18,19日、名古屋の日本ガイシホールで浜田省吾のコンサート「ON THE ROAD 2016 SPECIAL・"Journey of a Songwriter Since1976" 国連UNHCR難民支援プロジェクトの為のチャリティコンサート」が行われた。その数字もその時に国連UNHCRのスタッフから聞いたものだ。
ライブを見た人と見てない人の違い
浜田省吾がソロデビューしたのは1976年、去年がデビュー40周年。9月から全国アリーナツアーが行われた。当初は年内一杯で終わるはずが、11月に予定されていた福岡公演が喉の不調で今年の4月に延期になった。それに合わせて組まれたのが今回の名古屋でのチャリティーコンサートだった。
浜田省吾の40年の軌跡は他の同時代のアーティストとは相当に違っている。
まずテレビに出ない。CMのタイアップなども70年代の終わりに一度あるだけだ。コンサート一筋でここまで大きくなったという例は他に知らない。同時にCDのセールスも下降線を辿ることなく売れ続けている。一昨年に発売されたオリジナルアルバム「Journey of a Songwriter」はオリコンのアルバムチャートの1位。しかも2週間続けた。当時62才。2週続けての1位は史上最年長記録だった。去年からのアリーナツアーも全公演ソールドアウト。今、最もチケットの取れないアーティストである。そして、ライブを見た人と見てない人との間に天と地ほどの認識の違いがあるアーテイストでもある。
例えば、デビュー40周年となった今回のアリーナツアー「ON THE ROAD 2016~Journey of a Songwriter」は、初日となった9月17、18日の長野公演から3時間半を超え、年内最終公演地となった地元広島では何と4時間以上に及んだ。40年間の代表曲をR&Bやロックンロール、バラードなど彼の中にあるいくつかのスタイルを網羅し、最新のダンスビートまで披露しながら新作アルバムの曲で集約する。
未就学児童から80代まで三世代にわたる客席の平均年齢は40代から50代。誰もが自分の目や耳で見つけて共に成長してきた当事者であり、ライブに自分の人生が投影されている。思春期に出会って大人になり家族を持つようになった。そういう歌も多い。彼が「一緒に歌ってくれるよね」と呼びかけたときの実感のこもった反応。アーティストのキャリアと聞き手の人生が一体になっているという点でも他に例を見ない。
99年からボランティアの個人基金
そうした活動のスタイルばかりではない。
彼が日本のロックやポップスの中で誰も手がけたことのない作品を数多く残してきたソングライターであることの方が重要かもしれない。
ひと言で言うと社会性ということだろうか。
今、どんな時代に生きて、どんな社会に暮らしているのか。僕らはどこから来てどこに向かっているのか。それを自分のアイデンティティとして歌にしてゆく。80年代のアルバムの中には、核や地球環境、日本の戦後の歩みへに対して思うことなど、それまでのメジャーなアーティストが取り上げて来なかったシリアスなテーマが歌われていた。それも「メッセージ」としてではなく、広島の被爆二世である自身の祈のりや願いとしてだ。
新作アルバム「Journey of a Songwriter」は、ラブソングのアルバムである。「レコーディングとツアー以外は旅をしている」という彼の内面も交えた音楽の旅。その中にはアジアに残された戦争の傷跡を歌った「アジアの風 青空 祈り」という三部作の大作もあった。今の世界の中でラブソングが歌えることのかけがえのなさ、それを守って行くという強い決意のようなアルバムだった。
今回の「難民支援プロジェクトの為のチャリティコンサート」は、後援が国連UNHCRだった。これまでオペラなどを後援してきたことはあるというUNHCRにとっては初めてのポップミュージックとのコラボレーション。会場の外には公式テントが設置され、客席には、UNHCRの事務局長はじめ10名以上の姿があった。
浜田省吾が99年から「J.S. Foundation」というボランテイアの個人基金を持っていることを知る人は少ないかもしれない。あえて語ろうともしてこなかったからだ。あくまでも音楽活動の中の一つの行為として続いている。目的は紛争、自然災害、貧困に苦しむ発展途上国の子供達の環境改善。国連UNHCRの後援も、2001年以来の難民支援の実績があってこそだった。
2日間のコンサートについて語ったこと
2日間のコンサートについて彼はこう切り出した。
「今日は、世界中に数千万人という難民支援のチャリティーコンサートですが、みなさん十分に大人ですし、ニュースやインターネットでご存じでしょうから、敢えてそのことを話そうとは思ってません」
その後には、手短にこんな話が続いた。
今、世界を見るとこんな風に音楽を楽しめる平和な空間が奇跡に思えること。この平和は父母や祖父母の犠牲の上にあること。それはこの国だけじゃなくて、隣の国や地球の反対側の犠牲の上に成り立っていること。そのことに感謝しながら音楽を続けたいと思うこと――。
シリアやイラク、今、起きていることを語るよりも音楽に集中する。気心の知れたトップミュージシャンといつにも増しての熱演が続いた。
それは、今を慈しむような時間でもあった。
世界は激しく変わろうとしている。
今、音楽に出来る事――。
日本のポップ・ミュージックの良心を見たような夜だった。 (タケ)