桜の開花宣言が出た後、気温が低い日々が続き、結果的に長く桜が楽しめた今年ですが、4月も半ばになり、ようやく冬の気候が去って、春の気候となりそうです。
春は本来天候が不安定ですが、暖かくなって天気も良くなると、どこかへ出かけたくなりますね。まもなくゴールデンウィーク、そして、夏の計画も......ということで旅のプランを立てていらっしゃる方もいるかと思います。今日は、そんな時に聞きたい「旅の誘い」という歌曲を取り上げます。フランスの作曲家、アンリ・ディパルクの作品です。
「フランス独自の」音楽を作ろう
1848年、パリに生まれたデュパルクは、イエズス会の運営する学校で、ベルギー出身で、フランスの近代音楽に大きな影響を与えたセザール・フランクにピアノと作曲を師事します。
時はちょうど、ロマン派から近代の音楽に変化しようとしているとき、フランスでは、ドイツやイタリアといった他国の音楽に比肩するような「フランス独自の」音楽を作ろうという動きが出てきました。
その運動のリーダー格であったサン・サーンス、そしてその弟子のフォーレやカルメンの作曲家ビゼーらとともに「国民音楽協会」という団体を立ち上げます。背景には、普仏戦争に負けたフランスで、反ドイツ、そしてナショナリズムの高揚があったことがあげられます。
政治的にはナショナリズムの高まりは危険なことだったりしますが、この時代のフランス音楽においては、非常に実り多き結果をもたらすことになります。国民音楽協会に参加した作曲から、サン=サーンスをはじめ、マスネ、フォーレ、ラロ、ビゼーと、文字通り「国民的」作曲家が輩出されたのです。
生涯で発表した歌曲はわずか17曲
その中にあってデュパルクは少し異色の作曲家でした。彼は自己批判が大変強く、たくさんの作品を作曲したらしいのですが、出来栄えに満足せず、そのほとんどを破棄して、発表しなかったのです。また、普仏戦争に従軍経験もある彼は、まだ若い37歳の時に突然神経の病気に襲われ、以後作曲ができなくなってしまいました。結果的には85歳の生涯を全うしたのですが、彼は全生涯を通して、わずか17曲の歌曲と、数曲のその他の曲を自作として発表したのみでした。
しかし、その歌曲、ジャン・ラオールやテオフィール・ゴーティエ、そしてシャルル・ボードレールの詩に音楽をつけた作品たちは、厳しい彼自身が合格と判断しただけに佳曲ぞろいで、デュパルクは残したわずかな作品数にもかかわらず、近代フランス歌曲の重要な作曲家として、評価されています。
ボードレールの詩を基にした「旅への誘い」は、はじめ、不安な様子の伴奏で始まり、どこかにある理想郷に旅立とう...という歌詞の内容とともに、音楽も明るくなり、最後は、まさに「旅情に誘われる」という言葉がぴったりの、気分が高まるハーモニーで完結します。
旅は、計画を立てているときが一番楽しいとよく言われますが、この曲は、そんな旅への思いを凝縮したような、魅力的な響きを持っています。どこかへ行きたい、そんな気持ちになったら、ぜひ聴いてみてください。さらに旅に出たくなること請け合いです。
本田聖嗣