第二に年金の「体力」論にまつわる誤読(?)について
誤読(?)の第二は、年金の支給開始年齢の引き上げについてである。著者は2004年改革後においては、年金財政上の理由から支給開始年齢の引き上げを行う必要はなく、ありうるのは、労働市場において高齢者がより長く働くのが一般化することを受けて、いわば受動的に年金の標準的な支給開始年齢の引き上げをするという途だとしている。
この点については、権丈氏に導かれて制度への理解が深まると同時に、これだけ寿命が延びて元気な高齢者が増えているなかで、いつまでも標準的な支給開始年齢が65歳でよいのだろうかという疑問が消えなかった。そして、すくなくとも歴史的にみれば、働く年齢が伸びてくるにあたり、年金の支給開始年齢の引き上げが主要なプッシュになったことも事実ではないかと思うのである。
年金のプッシュを得て働く年齢を引き上げていく途について、著者は明瞭に否定している。「この10年間、散々な目に遭ってきた年金は、雇用延長という自分以外の問題を解決してあげるほどの体力は持ち合わせておりません」。このくだりには、年金が政争の具とされてきたのを目の当たりにしてきた著者ならでは重みがある。労働市場がついてこられない見直しが適切だとも思わない。ただ、このくだりは絶対の真理として提示されているわけではなく、著者の政治上の読みにかかるものであるから、先述した生産年齢人口の激減というより高次な政策課題を考えるとき、もういちど年金にとどまらないより高い視点から検証すべき事柄である。支給開始年齢引き上げ論への本書の指摘が説得力を伴うぶん、このくだりの政治性を看過して、この論点をさっぱり忘れてしまう読者がいるとすれば、これもひとつの誤読だと思うのである。
本書は年金論議の羅針盤としてひとつの体系をなしており、最良のもののひとつである。他方、本書から我が国の経済政策全体の方向感を読み取ろうという誘惑に読者が駆られるならば、一段と広い見地からの考慮によってサポートされる必要があるだろう。
権丈氏の別の著作について、評者とは別の評者がレビュー(『「社会保障なんか信用ならん」という人に読んでほしい本』(2016年7月))をお書きになっている。そのレビューでは権丈氏の主張が要領よくまとめられており、読者はそのレビューを一瞥した上で、『年金、民主主義、経済学』を読むかどうか決めてもよいだろう。
(注)Nicholas Barr. 2012. The role of public and private sectors in ensuring adequate pension - theoretical considerations. 読者の便ため該当部分を原文のまま引用する。"The centrality of output remains true in an open economy. In principle, pensioners are not constrained to consumption of domestically-produced goods, but can consume goods produced elsewhere so long as they can organise a claim on those goods. If British workers use some of their savings to buy Australian firms, they can in retirement exchange their share of the firm's output for Australian goods, which they then import to the UK. This approach is useful but not foolproof. It does not work if Australian workers all retire; thus the age structure of the population in the destination of foreign investment matters. In addition, if large numbers of British pensioners exchange Australian dollars for other currencies, the Australian exchange rate might fall, reducing the real value of the pension. Thus the ideal country in which to invest has a young population and products one wants to buy and political and financial stability and is large enough to absorb the savings of other countries with ageing populations. Countries with ageing populations include almost all of the OECD, and many others, including China."
経済官庁(課長級) Repugnant Conclusion