自作なのに「自分が発見した作品」として演奏
クライスラーは、世界一流のヴァイオリニストでしたが、同時に古い楽譜を探し出してきて評価があまり高くない過去の作曲家にスポットライトを当てたり、またそのような作品にインスピレーションを得て、自分で編曲したり、または丸ごとオリジナルを作曲したりするのも大好きな作編曲家でした。つまりなんでもできるマルチな音楽家だったのです。
彼はコンサートで、たびたび自作の曲も演奏していたのですが、当初は、それらを自作、としては発表していませんでした。とくに、バロック・スタイルの曲などは、「自分が発見したバロック時代の作曲家の未発表の作品」として演奏していたのです。どうしてこんなややこしいことをしたかというと、演奏家の作曲ということに偏見を抱く人が多いと彼自身が感じていたことと、もし、存命中の「大ヴァイオリニスト・クライスラー」の作曲ということになると、同時代の他のヴァイオリニストが遠慮して弾いてくれないだろう、という予想があったからです。
でも、このクライスラーの気配りがかえってあだになり、事件に近いスキャンダルになりました。事情を知らない批評家に「作品はよいが演奏が下手だ!(どちらもクライスラーなのに!)」という批評をされたり、「オリジナルの編曲といっていますが、オリジナルはどこにありますか?」と記者に質問されたりしたことによって、何年もたってから、「実は自作を演奏しておりました」と発表することになったので、人々は大変驚いたのです。
現在では、「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」「ウィーン奇想曲」をはじめとして「クライスラー作曲」の作品は大変親しまれて世界中の演奏家に演奏されています。しかし、19世紀後半という「作曲家と演奏家が分離し、著作権の概念が一般的になってきた時期」の「自作隠し」は、ハッピーエンドではありますが、いわば「逆盗作事件」となって音楽史に残ることになったのです。
本田聖嗣