■『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』鈴木亘著
■『病院ビジネスの闇』、『生活保護3兆円の衝撃』NHK取材班著
『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』(2016年)は、学習院大学教授の鈴木氏が、大阪市の橋下市長(当時)の特別顧問として、あいりん地区を含む「西成特区構想」の陣頭指揮をとった際の記録である。市長、市役所職員、府庁、現場の団体、有識者等の間で筆者が、地域の再生に向けて奮闘する姿が活写されている。
鈴木氏は日銀職員だったこともあり、事務的な調整に心得があるのだろう。情報のハブとなること、貸し借りの関係を深めて相手を動かすこと、ここぞというときに上司(市長)を活用することなど、国・地方の公務員、さらには民間のビジネスパーソンにとっても、仕事を進める上で役に立つエピソードが盛り込まれている。あるべき姿を唱えるだけでは、組織も世の中も動かない。多少なりとも組織だって動く世界では、当たり前の認識ではあるが、実のところ、評者のあるいは読者のまわりにも、あるべき姿を念仏のごとく唱えるだけの人は少なくないのではないか。念仏を唱えているのが、体力的にも知的にも楽だからである。
社会関係資本の活用による地域再生の実験的記録として読む
『日本の最貧困地域』を読んで印象深いことは、あいりん地区で、日雇い労働者らを支援する団体、ネットワークが相当の厚みを持っていることである。評者の生活実感も加味していえば、日本の他地域ではこれほど濃い人間関係がみられることはまれなのではないか。日雇い労働者、さらに高齢化が進んだ現在では、生活保護受給者という、支援を必要とする方々が多く住むだけに、彼らを支援する団体や篤志家が多く存在しており、いわば社会関係資本(social capital)が稠密な地域であったようである。
ロバート・パットナム(『哲学する民主主義』)の図式によれば、社会関係資本が厚い地域であるほど、統治の効率性が増すことになるはずであった。パットナムの枠組みに乗せて、あいりん地区の状況を解釈するなら、社会関係資本は存在するが、様々な団体の間(例:日雇い労働者の支援団体、住民団体、行政(市・府))の相互不信の故に効率的な統治ができなかったということになろうか。そして、西成特区改革の狙いは、団体間の不信を取り除くことで、もともと存在した社会関係資本が円滑に動くようにすることにあることになる。自分たちのことを自分たちでボトムアップで決められるようになることで、公園の使用法、通学路の美化、拠点施設のあり方などについて解決が方向づけられていく。鈴木氏の「直接民主主義の勝利」という形容については、評者にはむしろ「コーポラティズム」ではないかと考えたくなる気分も湧くが、「直接民主主義」と表現したくなる鈴木氏の気持ちは理解できる。