「認知革命」で地球を支配したホモ・サピエンスの未来

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歴史上の人々の「幸せ」を想像する異色の歴史家

   こうした相対化は本書の全章に通底している。

   著者の祖国が過酷な歴史を背負うイスラエルと知ると、相対化はニヒリズムかと想像したくなる。しかし、歴史家としての科学的視点の貫徹とすれば、学者の実直さとも感じられる。どちらか、あるいは両方なのかも知れない。

   著者は下巻後段において、歴史家は社会の変革等がその時代の人々の「幸せ」や「苦しみ」に与えた影響を考えるべきと主張する。なるほど狩猟時代よりも農耕社会の方が個体としては過酷な環境だったとすれば、進歩と幸福は一致しない面もある。

   この文脈で、仏教の教えや大脳生理学にまで立ち入りながらも、著者はその「幸せ」の具体的な尺度は最後まで提示しない。そこに「自由」という物差しを当てることを夢想する評者もまた、自由主義という「新宗教」に囚われているのであろうか。

   だが、「自由主義」の淵源たる「自由」そのものは、ホモ・サピエンスに固有の希求ではない。著者自身も、食肉工場に封じ込められた肉牛の身の上を悲惨と評する。全ての生命体にとって「自由」は生存と尊厳に不可欠の要素ではないか。だとすれば「自由主義」は単なる認知の問題ではなくなる。著者の相対化はその点において行き過ぎであり、生命の内面を省察していないうらみが残る。無論これは小さな揚げ足取りであり、壮大なる本書の価値は些かも減じることはない。

   著者の視座は、バイオニック生命体の開発努力にまで及び、認知革命で地球を支配したホモ・サピエンスが、遂には自らの意思で脳とAIを融合させた「超ホモ・サピエンス」となることをも想定内とする。そうした未来の技術によって、「幸せ」や「苦しみ」はどのような変化を遂げるのだろう。

   広範な知見と、凡俗には想像も及ばぬ思索。これらを平易な言葉で次々と読者に投げかける著者は、単なる歴史学者を超越している。読者の見方次第で、哲学者とも、預言者ともなりえよう。今後の活躍、次の出版に大いに期待したい。

酔漢(経済官庁・Ⅰ種)

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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