英国と同じ轍を踏むな 東大准教授が警鐘を鳴らす「生乳流通自由化のデメリット」

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いち早く自由化に踏み切った英国では何が起きているか

   ――日本のミルク・サプライチェーンは現在、どのような状況に置かれていますか。

「一般的に、市場では売り手よりも買い手が強いのが常識です。これはどの業界でも変わりません。さらに海外と比べてスーパーなど日本の小売業は強くなく、むしろ弱い。過当競争に陥っている。スーパーのチラシを見ると、牛乳は安売りの目玉の一つになっていますよね。そのツケは、乳業メーカーそして酪農家へと回ることになります」
「日本の酪農をどうすべきか、生乳流通全体を巻き込んだ改革が議論されるべきなのに、政府の考えは『生産者組織の尻を叩けばなんとかなるだろう』ということ。改革後の生乳市場の変化をシミュレーションしていないのです」

   ――今、日本で議論されているのと同様な生乳流通の自由化をした国はありますか。そこではどんな事態になっているのですか。

「英国にはかつて、生乳を一元的に集荷・販売し、さらに乳製品加工や営農指導、研究開発を担っていたMMB(ミルク・マーケティング・ボード)がありました。自国の生乳を100%集荷・販売しており、日本の指定団体よりも強力な組織だったのですが、1994年に制度が廃止され、MMBは解体されました」
「その結果なにが起きたのかというと、乳価の下落や大幅な変動の影響を受けて多くの酪農家が廃業し、最終的に量販店が生乳市場のイニシアティブを持つようになりました。『できれば昔の制度に戻りたい』『量販店の影響力が強すぎる』という声を、先日、現地の酪農家や乳業関係者の声を私は直接聞きました」
「日本の酪農家よりも英国の方が自給飼料の生産環境に恵まれるなど、生産基盤が強固なこともあり、今はまだある程度踏みとどまっている状態です。英国のような自由化が日本で行われたら、酪農家はバタバタと倒れてしまうかもしれません」

   ――生活者に牛乳・乳製品が安定供給されるため大切なことはなんでしょうか。

「現在の指定団体制度を維持した上で、組織の合理化をさらに進めることが重要です。その上で、多様な酪農経営をサポート出来る柔軟性も大切だと思います。酪農は生乳を搾る産業ですが、同時に乳牛を育てる、飼料を生産するなど、様々な要素を含んでいる農業です。牛の飼い方や経営方針など、周辺環境や経営主の判断により、一つとして同じ経営はありません。日本の酪農産業の持続発展を政策として担保しながら、個々の酪農経営の『良いところ』をより伸ばしていけるよう、きめ細かな支援も必要とされていると感じます」
「後継者の確保も大きな課題です。酪農は第二次世界大戦後に発展した日本では比較的新しい農業であり、他の作目に比べれば従事者の平均年齢も高くありませんが、きわめて多額の大きな設備投資を必要とするため新規参入者のハードルは高くなっています。若い人が失敗を恐れずに酪農に挑戦できる仕組み、失敗を最小限に抑えるための技術・経営指導が必要です。ミルク・サプライチェーン全体で新規参入者を支援するファンドみたいなものを作れたらいいのですが」
「日本の生乳生産費で半分近くを占めているのは飼料代で、大半は輸入に頼っていますが、輸入飼料価格は高止まりが続いています。国際相場は乱高下するので先が読めず、酪農家が設備投資をしたくてもしづらい状態になっています」
「一方で、よく知られているように耕作放棄地が年々拡大しています。イタリアやスイスのようにかなり急峻な農地で飼料を栽培しているところもあり、自給飼料を増やすことで、農地を有効利用して保全し、国際相場の影響も受けにくくすることができます。工夫できる余地はまだまだあると考えます」
「現在の指定団体制度があることで乳価は乱高下せず、酪農家にとっては収入計画の見通しを立てやすい状況にあると言えます。それは最終的には、消費者が購入する牛乳や乳製品の安定購入・安定価格につながっているものです。政府が検討する『生乳流通自由化』を行った場合、今のように需給が逼迫しているときは突然乳価が下がることは考えにくいですが、次第に乳価が高い牛乳市場への競争が激化し、需要を超えて余った生乳の買い叩きなどにより市場が混乱していく懸念があります。そして、ひとたび需給が緩和した際にはさらに生乳が買い叩かれる恐れがあります。需給が逼迫しているときこそ、冷静に過剰を処理する仕組みを考えておくべきでしょう。乳価の下落により酪農家が疲弊し離農が加速し、生乳の安定供給ができない状態になってから制度を復活させようとしても、もはや手遅れです。国産の牛乳すら飲めなくなるかもしれません。生乳の特性を踏まえると、指定団体制度を『壊す』ことによる、生産者・消費者のメリットがあるとは思えません」
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