「序曲」をめぐる顛末とは
彼の代表作、「セビリアの理髪師」は、全2幕、2時間40分もかかるオペラの全曲をわずか2週間ですべて作曲したということになっています。これはもちろんロッシーニにとっても最速記録です。有名な作品ということもあって、多少「話が盛られている」としても、人間離れした速度で作曲をしていったことは事実だと思われます。時は1816年、24歳のロッシーニにはエネルギーがみなぎっていたのでしょう。
オペラの「本体」は、無事に完成したのですが、ローマでの初演日の直前になって、ロッシーニははたと気づきました。「序曲がない!」・・・オペラには、全体のあらすじを音楽的に予見させるような「序曲」がつきものです。本体を完成させてからでないと、とりかかりにくいものだから、ロッシーニは作曲を後回しにしていたのです。しかし、もう時間がありません・・・!
そこでロッシーニは、「自作転用」に走るのです。その前年、1815年にナポリの劇場向けに完成させていた「イングランドの女王エリザベッタ」、こちらは「セビリア」とは違って、シリアスなオペラでしたが、この序曲をそのまま、転用したのです。
しかし、驚くなかれ、「エリザベッタ」の序曲も転用だったのです。これは、もともと1813年、ミラノのスカラ座で初演された「パルミラのアウレリアーノ」というオペラの序曲だったのです!つまり、「再」転用ということですね。
多少は手を加えているものの、序曲として使われたそれぞれのオペラの時代・場所の設定もまちまちで、喜劇に悲劇と全体の傾向も違うのに、同じ音楽が、あたかもオリジナルのようにフィットしてしまう・・・「序曲の2回転用」の事実の前に、ロッシーニの作曲の才能に驚いてしまいます。まあ、このように「どの場面をとってもふさわしく聞こえる」曲を書いてしまえる実力がもともとあったからこそ、ヒット・オペラを量産する「速筆の達人」になれたのかもしれません。
本田聖嗣