公文教育研究会(以下、公文)は、認知症関連の二つの事業について、その効果をみるべく2015年7月から約1年間調査を実施した。2事業は、04年から展開している認知症高齢者向けの非薬物療法「学習療法」と認知症予防プログラム「脳の健康教室」。
調査結果は16年9月12日に都内で公表され、2つの取り組みは認知症の症状を改善するだけでなく、介護施設など認知症高齢者周辺の環境改善にも効果があったと伝えた。
「学習療法」で早期発見、早期予防、現状維持を目指す
日本の認知症者は16年現在500万人にのぼり、認知症の予備軍といわれる人たちと合わせると1000万人を超えるという。認知症は一般的に「要介護度」のステージが進むごとに介護費用負担が増えるとされており、超高齢社会が進む今後、認知症の早期発見、早期予防、現状維持がさらに重要になってくることが予想される。
公文はこれらの課題について、これまでの教育事業で培ったノウハウを活かし、薬物に頼らない「学習療法」、「脳の健康教室」という取り組みを進めている。
学習療法は、認知症高齢者が「音読」と「簡単な計算」を中心に支援者とコミュニケーションを取りながら学習を進める。前頭前野を中心とした脳全体の活性化によって、認知、コミュニケーション、身辺自立といった機能の維持、改善を目指す。
脳の健康教室は学習療法を取り入れた「認知症予防」のための取り組みで、「読み書き」「計算」「すうじ盤」を使った学習を提供する。高齢者がグループで学習サポーターとコミュニケーションを取りながら学習を進めるプログラムで、全国41都道府県、240市町村で介護予防事業の一環として取り入れられている。
公文は「学習療法、脳の健康教室には実際にどの程度効果があるのか、認知症高齢者介護にかかる費用をどの程度抑えることができるのか」という明確な評価指標を示すため、SIB(10年にイギリスで始まった、官民連携による社会的な課題解決の仕組み)の考え方にのっとった調査事業を実施した。
認知症介護現場に好循環を生み出すきっかけに
調査は慶應義塾大学医学部、精神・神経科学教室の専任講師、佐渡充洋氏の協力による医学視点からの検証と、同大学院政策・メディア研究科の特任講師、伊藤健氏による社会学観点からの検証を行った。
佐渡氏は調査で学習療法を実施したグループとしなかったグループを比較した結果、学習をしなかったグループは1年後に要介護度を認定する基準時間が増加した=症状が悪化したのに対し、実施グループは基準時間がほとんど変わらなかったと説明した。
伊藤氏は学習療法が学習者の脳機能に改善をもたらすだけでなく、ケアに関わるスタッフ、学習者の家族、介護施設といった周辺環境にも良い影響を与えることが分かったと伝えた。
学習療法を通じて介護スタッフが1日30分程度学習者と直接コミュニケーションを取ることでより学習者のことを理解し、丁寧なケアを行うことができる。またスタッフからは、学習療法の実施がスタッフ同士の間で効果的な施設運営のためのコミュニケーションツールとして機能しているという声もあがった。
学習療法と対人ケアによって学習者の認知症状の予防、現状維持を実現し、それが結果として要介護度によって変わる介護保険費用の増加を抑えることや、ケアの質向上につながる。公文は学習療法に介護現場の好循環を生み出す可能性を示した。