現代にも通じる「敗戦の原因」
もう一点、興味深いこととして、敗戦の原因として以下の四つの点が挙げられている。
「第一、兵法の研究が不十分であつた事、即孫子の、敵を知り、己を知らねば(ママ)、百戦危うからずといふ根本原理を体得してゐなかつたこと。
第二、余りに精神に重きを置き過ぎて科学の力を軽視したこと。
第三、陸海軍の不一致。
第四、常識ある主脳者(ママ)の存在しなかつた事。往年の山縣、大山、山本権兵衛と云ふ様な大人物に缺け、政戦両略の不充分の点が多く、且軍の主脳者の多くは専門家であつて部下統率の力量に缺け、所謂下克上の状態を招いた事。」
要するに、自己の実力を過信し彼我の戦力や国際情勢の把握とそれに基づく戦略が欠如していたこと、科学的発想の不足、組織同士の連携の悪さ、リーダーシップの不足ということであり、如何に昭和天皇陛下が的確な認識を持たれていたかがうかがい知れる。これらの点はいずれも、現在の日本の外交・内政のみならず社会全般に通じるものであり、現代に生きる我々としても常に意識すべき点であることは言うまでもない。
1990年12月号の「文藝春秋」で全文発表されて以来、本書が何のために記録されたかを巡っては、専門家の間でも単に記録として留めたものとするものや、東京裁判において天皇陛下の戦争責任が問われないように論証するために作成されたものとする解釈など様々ある。この書評では、その歴史的評価には立ち至るものではないが、いずれの解釈によるとしても、昭和天皇陛下が、様々な事象について、当時、どういう状況で、どういうことをお考えになったのか、自らのお言葉で語られた、極めて貴重な史料であることは言うまでもなかろう。
また、これほど冷静、かつ、的確な認識を持たれた昭和天皇陛下におかれても、日中戦争や太平洋戦争を避けられなかったのか、あるいはそのようなお方であったからこそ、紙一重で終戦を迎えることができたと考えるべきか、様々な評価があろうが、この本を通じて、自らの信念を持ち続け、機会をうかがいながら、的確な状況を認識のもと、大局観を持って判断することの大切さと難しさを学びとることができるのではないかと思う。
経済官庁 Z