昭和天皇陛下に学ぶ大局観を持って判断することの大切さと難しさ

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■『昭和天皇独白録』(寺崎 英成/マリコ・テラサキ・ミラー編)

   本書は、昭和21年3~4月にかけて、太平洋戦争の原因や終戦に至るまでの経緯について、昭和天皇陛下がご自身のご記憶を元に側近に語られた内容を、日米開戦まで在米国日本大使館書記官として日米開戦回避に尽力し、戦後、宮内省御用掛として昭和天皇陛下にお仕えした寺崎英成氏が記録したものである。

    筆者は、毎年、夏の時期になると決まってこの本を読むことにしており、初版はいささか古いものの、皆様にもおすすめしたい本としてここで紹介する。

『昭和天皇独白録』(寺崎 英成/マリコ・テラサキ・ミラー編、文春文庫)
『昭和天皇独白録』(寺崎 英成/マリコ・テラサキ・ミラー編、文春文庫)

立憲君主主義の精神を貫かれる

   本書は、まず、太平洋戦争の遠因についての陛下の分析にはじまり、張作霖爆殺事件、ロンドン海軍軍縮会議、上海事件、天皇機関説問題、二・二六事件、日中戦争、ノモンハン事件、三国同盟、南仏印進駐、日米開戦など様々な事案についてのお考えや姿勢、時の内閣や重臣に対する人物評、そして、終戦に向けた御前会議の回顧等を経て、日米開戦や終戦の御聖断に至った理由で結ばれている。

   「独白録」全体を通じて一貫して読み取れることとしては、昭和天皇陛下が、大日本帝国憲法下において、如何に立憲君主主義の精神を貫こうとされていたかにある。特に、日中の早期講話、日独伊三国軍事同盟や日米開戦に際して、賛同しかねるといった懸念・注意・示唆を臣下に何度も示されながらも、ついに泥沼の戦争に入ってしまった訳だが、その背景には、「独白録」の結論でも述べられたように「開戦の際東条内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下に於る立憲君主として已むを得ぬ事である。若し己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之は専制君主と何等異なる所はない。」とのお考えが色濃く出ている。

   「独白録」によれば、昭和天皇陛下は、張作霖爆殺事件への処罰を巡って田中義一総理を叱責され、これを受けて田中総理が総辞職したこと、イギリス式の立憲君主方式を理想とする西園寺公に「自分の意見を直接に表明すべきでない」と戒められたという「苦い経験」をされた。このことから、二・二六事件に際して叛乱将校を真っ先に「叛軍」と断じ、鎮圧を命ぜられたときと、終戦前夜、ポツダム宣言受諾を巡って内閣の意見がまとまらず、ご聖断を仰いだ際の二度の例外を除き、「この事件あつて以来、私は内閣の上奏する所のものは仮令自分が反対の意見を持つてゐても裁可を与へる事に決心した」と述懐されている。

   また、日本の軍国化・右傾化が進展する中、仮に昭和天皇陛下が、英米との戦争は回避し、交渉により平和的に解決しようとすれば、精鋭な軍備を誇りながら、ムザムザ英米に屈服することを潔しとしない軍部がクーデターを起こし、陛下や重臣を幽閉するといった騒乱を招きかねない非常に不穏な空気が強かったことも陛下のご判断の背景にあることも随所にうかがえる。

   本書のエピソードを通じて、昭和天皇陛下が、近代的な立憲君主としての責務を果たさなければならないという意識を強く持たれていたことが伺われるのは趣き深いところである。他方で、立憲君主として思うところを差し控えざるを得なかったゆえに戦争の災禍が拡大してしまったのは、何ともやるせないものがある。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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