昔のヴェルサイユ宮殿を疑似体験できる曲
市民社会が力をつける以前の、16~17世紀のバロック時代、音楽家を雇うのは教会か宮廷でしたが、クープランは、まさにその両方をこなしたわけです。宗教音楽家として、クープランも当然オルガン曲や、モテット(フランス語では「モテ」)と呼ばれる宗教曲などを残しましたが、クープランの名前を高らしめたのは、230曲以上の小曲が全27の組曲を成し、それらすべてが全4巻に分けられた「クラヴサン組曲」です。
バッハも「フランス組曲」「平均律クラヴィーア曲集」のように宗教曲とは離れた器楽曲を残していますが、クープランの場合は、数の点においても質の点においても、生涯の作品の中で、宗教曲より、この巨大な「クラヴサン組曲」のほうが圧倒的な存在感を放っています。あたかも、王権神授説によって宮廷権力を宗教的に正当化しながら、実際は、音楽などを使った享楽的文化の一大サロンとなっていた、フランス宮廷を反映しているかのようです。
「反映しているかのよう」と書きましたが、おそらく、・・・・・この「クラヴサン曲集」は、実際に、ヴェルサイユ宮殿内を反映しているのです。バッハは自作曲にイメージを固定する具体的な表題をつけることを滅多にしませんでしたが、クープランは、自作のクラヴサン曲集に、メヌエットやクーラントといった舞曲の形式名をつけるだけでは飽き足らず、細かく数分程度の各曲に表題をつけているのです。たとえば、「イギリスの貴婦人」、「蜜蜂」、「ナネット」、「いろいろな気分」、「羊飼いの女」、「ブルボン家の女」、「魅力的な女」、「サン・ジェルマン・アン・レ(地名)の楽しみ」「金髪の女たち」、「中国風」、「頓智」、「上品な女」・・・なんとなく女性関連の題名が多いような気がしますが、ヴェルサイユ宮殿の中では、女性たちが重要な役割を果たしていた証拠かもしれません。題名をたどるだけでも、宮廷内とその周辺の生活が見えるようですね。
フランソワ・「大」・クープランはこういったウィットの効いた題名とともに、フレンチ・クラヴサンの華というべき名曲たちを残してくれたのです。王家は滅びましたが、音楽と芸術は残り、王家の周辺の生活の雰囲気を今に伝えてくれています。現在は観光名所となったフランスのヴェルサイユ宮殿には建物と復元された家具しか残っていませんが、クープランの曲を聴けば、当時の宮廷生活を疑似体験できるかもしれません・・。
本田聖嗣