日本のオリジナルミュージカルとして圧倒的な人気と集客数を誇る「ミュージカル李香蘭(りこうらん)」の公演が2016年9月3日から東京・浜松町の自由劇場で始まる。主催は浅利演出事務所、協力が劇団四季。この1年で3回目の再演だ。
「次の時代を担う若者たちへ、いま伝えたい。」というのがキャッチコピー。戦後70年あまり。あの戦争に巻き込まれ、翻弄された主人公たちの波乱万丈の人生と、数多の不幸を生んだ時代を振り返る。
870回あまりの公演で70万人を超える集客
ミュージカルというと、「ウエストサイド・ストーリー」や「キャッツ」など外国発のものが大半だが、今や日本を代表するオリジナルミュージカルとなったのが「李香蘭」だ。1991年の初演以来、公演回数はトータルで870回を超える。観客総数は70万人以上になるという。東京や大阪、京都、福岡、名古屋など国内各地はもちろん、92年には中国、97年にはシンガポールでも公演した。
主人公は李香蘭。日本人でありながら、戦前は中国の歌姫として人気を博し、数奇な運命をたどった実在のヒロイン、李香蘭こと山口淑子さん(1920~2014)がモデルだ。山口さんと、藤原作弥さんの共著『李香蘭 私の半生』を原作に、企画・構成・演出を浅利慶太氏が担当している。
2年前に劇団四季から退き、フリーの演出家として活動を続けている浅利氏。このところ「李香蘭」の公演が多い。15年8月、12月に続いて今回が3度目だ。なぜ「李香蘭」なのか。2016年8月17日の朝日新聞のロングインタビューで、浅利氏は語る。
「敗戦から70年以上たって、若い世代がね、日本の歴史を知らない人が多い。だからやっぱり、イデオロギーに左右されることなく、歴史の真実というのを客観的に分かってもらいたくて、今もこの作品を上演するんです」
「歴史というのは、誇張したい部分、書きたい部分、どこの国にもありますね。それはやっぱり客観的に表現しなくちゃいけない。この作品は日中の歴史を客観的に表現した作品だと自信を持っています」
すべては破滅へのカウントダウン
歌姫が主人公。しかもミュージカル、というと、甘ったるい感傷的な物語を想像しがちだが、「李香蘭」は緊迫感に満ちている。冒頭は「殺せ!殺せ! 李香蘭を殺せ!」という中国人群衆の大合唱。日本軍の宣伝工作に協力した裏切り者として李香蘭が追いつめられる。対極の狂言回し役は、川島芳子。清朝王族の娘でありながら日本人の養女となり、中国側では「漢奸」として指弾された。満州事変、日中戦争、特攻隊と、日本はどんどん深みにはまり、そしてついに敗戦を迎える。
「夜来香(イエライシャン)」「蘇州夜曲」など有名な李香蘭のヒット曲が郷愁を誘い「海ゆかば」「月月火水木金金」といった戦前を象徴するような楽曲が全編を彩る。ちょっとしたロマンスの香りもあるが、すべては破滅へのカウントダウンだ。
「李香蘭」の大成功が引き金になり、浅利氏は2001年、シベリア抑留をテーマにした「ミュージカル異国の丘」、04年には、インドネシアのBC級戦犯裁判で、無実の罪で裁かれた日本軍将兵を扱った「ミュージカル南十字星」を初演。これらは合わせて浅利氏の「昭和三部作」と呼ばれる。いずれも「戦争の悲劇と不条理」を扱った「苦いミュージカル」だが、再演を重ねており、カーテンコールで拍手が鳴りやまない。
浅利氏は今年83歳。小学校3年で真珠湾攻撃、中学1年で敗戦を迎えた。いまや戦争の実感を知る最後の世代だ。それだけに焦燥感が強まり、代表作への再演意欲が加速しているのだろう。公演案内でこう強調している。
「悲劇が繰り返された『昭和』という時代を、決して風化させてはいけない。あの戦争を語り継ぐ責任が僕にはあると思っています」
公演は11日まで。全席8500円。問い合わせは浅利演出事務所(電話=03-3379-3509)へ。