すべては破滅へのカウントダウン
歌姫が主人公。しかもミュージカル、というと、甘ったるい感傷的な物語を想像しがちだが、「李香蘭」は緊迫感に満ちている。冒頭は「殺せ!殺せ! 李香蘭を殺せ!」という中国人群衆の大合唱。日本軍の宣伝工作に協力した裏切り者として李香蘭が追いつめられる。対極の狂言回し役は、川島芳子。清朝王族の娘でありながら日本人の養女となり、中国側では「漢奸」として指弾された。満州事変、日中戦争、特攻隊と、日本はどんどん深みにはまり、そしてついに敗戦を迎える。
「夜来香(イエライシャン)」「蘇州夜曲」など有名な李香蘭のヒット曲が郷愁を誘い「海ゆかば」「月月火水木金金」といった戦前を象徴するような楽曲が全編を彩る。ちょっとしたロマンスの香りもあるが、すべては破滅へのカウントダウンだ。
「李香蘭」の大成功が引き金になり、浅利氏は2001年、シベリア抑留をテーマにした「ミュージカル異国の丘」、04年には、インドネシアのBC級戦犯裁判で、無実の罪で裁かれた日本軍将兵を扱った「ミュージカル南十字星」を初演。これらは合わせて浅利氏の「昭和三部作」と呼ばれる。いずれも「戦争の悲劇と不条理」を扱った「苦いミュージカル」だが、再演を重ねており、カーテンコールで拍手が鳴りやまない。
浅利氏は今年83歳。小学校3年で真珠湾攻撃、中学1年で敗戦を迎えた。いまや戦争の実感を知る最後の世代だ。それだけに焦燥感が強まり、代表作への再演意欲が加速しているのだろう。公演案内でこう強調している。
「悲劇が繰り返された『昭和』という時代を、決して風化させてはいけない。あの戦争を語り継ぐ責任が僕にはあると思っています」
公演は11日まで。全席8500円。問い合わせは浅利演出事務所(電話=03-3379-3509)へ。