"庶民の足"T型フォードありきの米国の生活描く
1871年、アメリカのマサチューセッツ州に生まれたフレデリック・コンヴァースは、ハーヴァード大学や、ドイツに学び、ニューイングランド音楽院で教鞭もとった作曲家です。彼の作風は、「後期ロマン派」と呼べる同時代のヨーロッパの作曲家などに影響されていますが、やはり、アメリカの人らしく、アメリカの題材を作曲のテーマに選んでいます。
彼の作品、「大衆自動車 一千万台」は原題を「Flivver Ten Million」といいます。「Flivver」はT型フォードを指す一種のスラングで、その生産台数一千万台を記念して作曲された曲なので、「T型フォード 一千万台」と訳してもいいのですが、コンヴァースは、自動車を描いたというよりも、それに象徴されるアメリカの生活を描いているのです。曲は、朝、フォードの工場に集まってくる人々の描写から始まり、工場が稼働して次々に車がラインオフしていく様子までを音楽的に描写しています。
コンヴァース自身が、このコラムで少し前に取り上げたスイス人オネゲルの「パシフィック231」の成功に影響を受けた、と語っていますが、「パシフィック231」は機関車が動く様子そのままを音楽にしているのに対し、「Flivver~」のほうは、T型フォードが生産される様子を含めて音楽にしているのです。なので、自動車そのものの名前よりも、「大衆自動車」とか「安自動車」と訳される場合が多くなっています。
ヨーロッパの作曲家が蒸気機関車を描写し、同時代のアメリカの作曲家が自動車文化を曲にする...音楽はそれぞれの文化の鏡でもあります。コンヴァースのこの曲は決して有名曲ではありませんが、20世紀初頭の力強く輝かしいアメリカを感じることのできる、近代アメリカのクラシック音楽の代表曲の一つとなっています。
本田聖嗣