病死で未完の「トゥーランドット」 書き上げていた女召使リウの自死
トゥーランドットの物語は、結婚したくない中国皇帝の姫、トゥーランドットが世界中からやってくる求婚者に3つの謎をかけ、全て解けなければかたっぱしから処刑してしまう、という残忍なキャラクター設定が第1幕冒頭から説明されます。北京にやって来た放浪の王子カラフ、実はチムール帝国皇帝の息子である彼が、姫に一目ぼれをして、身分を隠して謎に挑戦をします。第2幕で、見事に3つの謎を解いた王子は姫に、逆に謎を出題します。「夜明けまでに私の名がわかれば結婚は辞退しましょう。」――。第3幕の冒頭で、王子が余裕たっぷりに「誰も寝てはならぬ」のアリアを歌うのは、王女の指示によって北京中の人々が「謎の王子」の名前を探り当てるべく右往左往しているからです。
没落したカラフの父チムールに寄り添っていた召使リウは、役人たちにつかまり、姫の面前に引き出されます。「一緒にいるところを目撃された彼女なら、王子の名前を知っているに違いない」と、トゥーランドット姫は彼女を拷問にかけます。しかし、彼女は決して口を割らず、隙をみて衛兵の刀を奪って自刃してしまいます。その前に、姫に向かって歌うアリアが「氷のような姫君も」なのです。氷のような姫君の心も、あの方の情熱の炎に負けて、愛すようになりましょう...私は夜明けの前に、疲れて目を閉じます、あの方が再び勝利するように、そして再び彼を見なくてよいように...。歌詞に込められたリウの秘められた恋心、そして自ら死を選ぶ強さと潔さにさすがのトゥーランドット姫も心を開き、カラフ王子と結ばれてハッピーエンド...となるのですが、ひとり寂しく死んでゆくリウは、健気で、かわいそうな女性です。
プッチーニの体調は悪化していました。彼の癌はもう手術では治療不可能とされ、最後の望みをかけてベルギーのブリュッセルで放射線治療を受けることになりました。残念ながら、その治療はうまくゆかず、彼は異国の地で帰らぬ人となります。結局トゥーランドットは未完のオペラとなり、弟子が補筆することになるのですが、プッチーニは死を予感していたのでしょうか、体調不良の中、最後のリウのアリアと自死のシーンまでは書き上げてブリュッセルに出発していたのです。
ひょっとしたらリウのキャラクターの中に、プッチーニは亡きドーリアの影を見ていたのかもしれません。
本田聖嗣