○○鉄のほぼすべてを網羅するほどのモーレツさ
彼の鉄道好きのエピソードは枚挙にいとまがありません。いわく、プラハに住んでいる時、作曲に行き詰ると駅に出かけてゆき、列車を眺めたり、車掌や駅員と話してくると気分転換になり、また気分一新して作曲に取り掛かったとか、鉄道関係者ではないのに、遅延した列車の乗客に駅で謝罪していたとか、乗車している列車の音がいつもと違うことに気づいて車掌に連絡し、故障による大事故を未然に防いだ...というような普通の鉄道ファン(?)的なものはすべて当たり前です。現代日本では鉄道ファンを分類し、乗車目的とする「乗り鉄」、列車写真を趣味とする「撮り鉄」、鉄道の音を収集する「録り鉄」、車両を研究する「車両鉄」駅が好きな「駅鉄」、時刻表が好きな「時刻表鉄」などとそれぞれを呼んだりしますが、ドヴォルザークはほんとのすべてを網羅しているといってもよいモーレツな鉄道ファンでした。
彼の趣味は現代の鉄オタも真っ青というぐらい突き詰められてゆきます。自宅や職場の近くの駅の時刻表はかたっぱしから覚えてしまい、その運行と違う列車があれば、車掌や運転士に質問したといいます。新大陸アメリカのニューヨークの音楽院院長職を受けたのも、発展著しいアメリカの鉄道を間近で見られるからという動機も入っていたといわれます。実際、ニューヨークに居を構えてから、毎日、自宅からすれば音楽院とは正反対の方向のセントラル駅にわざわざ出かけてゆき、列車が通常運行されているかを確かめてから、音楽院に出勤していました。そればかりではなく、自分が行けないときには、弟子で、娘の婚約者でもあったスークを、駅に派遣して、蒸気機関車の車両番号を見てくるように...と言いつけたものの、鉄道にさっぱり興味のないスークは機関車ではなく炭水車の番号を覚えてきてしまい、「それは違う!」と激怒したドヴォルザークは、「こんな間抜けな男と結婚して大丈夫か?!」とあらぬ方向に怒りをぶつけた...と、鉄オタの鏡ともいうべきモーレツエピソードも残しています。