先週は、ロシアに生まれ、革命後のソビエトに帰った近代の作曲家、プロコフィエフの子供向け音楽物語作品をとりあげましたが、同じようにロシアに生まれ、フランスで名を上げた後、混乱の祖国には帰らなかった作曲家の登場です。プロコフィエフも斬新で個性的な作風でしたが、この人は、彼の少し前を、同じく前衛作曲家として走っていました。
ロシアの作曲家、イーゴリ・ストラヴィンスキーの、ちょっと変わった朗読付き音楽劇、「兵士の物語」を取り上げたいと思います。
休暇をとった兵士が悪魔と出会い、取引...
プロコフィエフの「ピーターと狼」は子供向けの作品ですが、「兵士の物語」は大人向け寓話、といえるでしょう。もとの物語はロシアの民話でしたが、それをストラヴィンスキー自身が、当時居住していたスイスの友人の作家、ラミューに話して聞かせ、台本を製作してもらいました。それまでパリでロシア・バレエとともに活躍していたストラヴィンスキーはフランス語が堪能だったので、ロシア語のわからないラミューはストラヴィンスキーの語りからフランス語の台本を完成させます。後に、各国語に訳されますが、オリジナルはフランス語です。ですが、お話の内容はロシアの民話的色彩が強いものです。
主人公は休暇をとった兵士で、故郷に帰る途中、悪魔と出会い、取引をします。悪魔の力で、いろいろなものを手に入れ、刹那的な幸福に浸るも次第に何か違う...と思い始め、そこにまた悪魔が現れて...という悲劇なのですが、もともと帝政時代のロシアの過酷な徴兵の様子や、軍隊の状況が反映されているといわれています。
欧州にとどまらなかった戦火の拡大を暗示
しかし、この一風変わった音楽物語――オリジナルには副題として「朗読され、演奏され、踊られる物語」となっていますが、アンサンブルと朗読だけでも上演されます――は、作曲されたのが、1918年なのです。欧州が最初の大戦に巻き込まれた第一次大戦の最終年(1914~1918)です。開戦直前まで、文化の爛熟期を迎えていたフランスのパリで、ロシア・バレエ団に音楽を提供し、センセーショナルな成功をおさめていたストラヴィンスキーでしたが、「兵士」が活躍する戦争の時代になって、状況は一変しました。祖国は戦争から革命に突き進んだため、彼はロシアでの財産を失い、帰るべき場所もまた失ってしまったのです。
戦争からは距離を置くヨーロッパの小国であるスイスに居を定めたものの、ストラヴィンスキーは、途方に暮れていたはずです。ヨーロッパの国々は荒廃し、パリでさえ、戦前の輝きは戻ってきません。
そのような中で、彼は、7人の楽器奏者と、語り手がいれば上演できる、奇妙な、そして悲劇的な物語、「兵士の物語」を作り出すのです。ストラヴィンスキーの激しく変わるリズムや、一風変わった旋律などの、彼独特の音楽の世界に、「タンゴ」や「ラグタイム」や「ワルツ」といった舞曲が取り込まれています。それはあたかも、大戦が欧州だけでは終結できず、新大陸から来た兵士たちの力を借りて、戦争が終結したことを暗示しているようです。
時代も不安に満ち、自らの境遇も不安に満ちていたであろうストラヴィンスキーがその時期に書いた不思議な音楽劇、「兵士の物語」は、平和の時代になっても、小編成でも上演できることもあり、頻繁に演奏される人気曲となっています。日本では、語り手に舞台俳優を迎えることが多く、私も、江守徹さんが朗読をした上演がとても印象に残っています。
本田聖嗣